今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

憲法9条

(写真:ヒッチコック・ナイト その1)

■ノーベル平和賞

以前、日本の憲法第9条がノーベル平和賞を取るとか、取らないとかで話題になりました。
事の発端は、2014年に遡ります。
憲法9条をノーベル平和賞の候補にしようと発案した人がいて、数人の発起人とともに活動を開始し、署名を募りました。
運動の主体は「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会で、受賞対象は日本国民です。
そして、同年5月、憲法9条にノーベル平和賞を授与するよう求める文書を、駐日ノルウェー大使館を通じてノーベル賞委員会に提出しました。文書には、与野党7党と無所属議員の計60人が賛同者に名を連ねていました。
一時は受賞の最有力候補とされていましたが、2014年のノーベル平和賞は、パキスタン出身のマララ・ヤフスザイさんと、インドの非政府組織代表のカイラシュ・サトヤルティ氏が受賞し、憲法9条は落選しました。
その理由は、「日本国民全体がノーベル平和賞の受賞対象となることは不可能」と判断されたためと言われています。
そこで、翌2015年に受賞対象を「九条の会」として再度活動しましたが、やはり受賞することはできませんでした。

■戦わない憲法

この活動に対しては、内外から多くの支援と批判の声が寄せられました。
当時、盛んに議論されていた集団的自衛権問題に端を発し、憲法9条の改正論議が高まっていました。
それに危機感を覚えた人たちが、なんとか9条を守ろうと始めたのがこの運動です。
当時の政府の動きを右傾化と批判する人たちも賛同し、また特に韓国を中心とする国外勢が合流しました。
「日本を戦争できる国にしてはならない」
そんなスローガンが繰り返し叫ばれ、ノーベル平和賞の受賞については、日本の世論にも割と受け入れられやすい状況でした。
実際、国民の50パーセントは、憲法9条の改正に反対していたのです。
しかし反面、80パーセントは、日米安保条約の維持を望んでおり、それが戦わない憲法を支持する層と重なります。
つまり、海外からは、実際に戦争が起きたら、誰かが代わりに戦ってもらうことが前提で、都合のいい不戦主義者に映ったのです。そして、「そんな日本人にノーベル平和賞は値しない」と批判する人もいました。

■戦わない覚悟

今の日本国憲法は、連合国統治下の1947年に発布されました。そして、それを戦後GHQに押し付けられた憲法だと否定する人もいます。
その日本国憲法の最大の特徴である9条は、少し考えればとても尋常な内容ではありません。
第九条 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
皆んな、世界中が銃を構えて、お互いを牽制しあっているのです。そして、その中一人だけホールドアップしたらどうなるでしょうか。
普通考えれば、たちまち近隣の国に蹂躙されるでしょう。なぜなら、やっても、決してやり返さない国だからです。
そして、古来、武力に劣る国に対して、強国は服従を強いて、主権を蹂躙するのが習いでした。
しかし、日本がそうならなかったのは、同盟国のアメリカがいて、日本に手を出そうとする国に睨みを利かせていたからです。
つまり、私たちは、アメリカと言う強い虎の威を借りて、その威勢の中、安心して戦争放棄を宣言できた訳です。もし、そのような状況がなければ、果たして私たちは戦争放棄などと言っておれましょうか。
他国に蹂躙され、命を奪われるくらいなら、いっそ戦って死のう、誰でもそう思います。つまり、本来戦うより、戦わない方が余程勇気が必要なのです。

■それでも9条が必要な理由

ガンジーの例を引くまでもなく、暴力に非暴力で立ち向かうのは、たいへんな犠牲を覚悟しなければなりません。
もし、よしんば、非暴力が民衆の支持を得て、流れが変わりそうになったとします。
そうしたら、何が起こったでしょうか。
そうです、あの天安門事件に見るように、軍事力を持った人間が追い詰められたら、力を持たないものを無理やりねじ伏せ、踏み潰そうとします。
それを覚悟の上で、戦争放棄とか、非暴力を叫ぶのは、相当腹が据わっていなければできません。私には、さながら殉教者のように見えてしまいます。
しかし、それでも、憲法9条が日本が戦争をすることの歯止めになっているのは間違いありません。そして、世界に対する平和宣言であり、いつか世界中の戦争の歯止めになれば良いと思います。
それだけの責任を、平和憲法を持つ私たち日本人は背負っています。そして、非暴力を貫くことはたいへんな覚悟が必要です。
その重みを私たちはよく自覚すべきでしょうね。