今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

問題が起きたら

(写真:夕闇に沈む街)

■海外ドラマのワンシーン

前に見た海外ドラマでのワンシーン。
ハワイの人は、サーフボードに乗って遠泳に出掛けるようです。
ドラマの主人公も、サーフボードに乗っかって意気揚々と波間を渡っていたところ、突如猛スピードで突っ込んできたクルーザーに弾き飛ばされそうになりました。
暴走クルーザーは辛うじて避けることができましたが、自分は海に投げ出され、大切なサーフボードを流されてしまいます。
後は、四方を水平線に囲まれた海に一人取り残されてしました。。陸の方向も分からない、仲間に助けを求める通信手段もない。
一歩間違えば、生きて戻れぬかも知れない危険な状況です。
その時、主人公は波に身を任せて立ち泳ぎしながら、体力の温存を図ります。そして、船が通りかかるか、仲間が気づいて助けに来ることを待つことにしたのです。
その時、波間に浮かびながら心に去来するのは子供の頃の思い出でした。

■問題は勝手にいなくならない

そうこうしているうちに、重大な問題が発生しました。
そう、サメです。
サメが三角の背びれを立てて、主人公の周りを回り始めたのです。
いくら陸上では屈強な主人公でも、海の中ではサメには敵いません。
さて、どうするか?
ここで主人公が思い出したのは、父親の教えです。
「いいか、怖いことがあったら30秒間目を瞑るんだ。そして目を開けてごらん。きっと問題はいなくなっているから。」
そして、30秒間、主人公は目を瞑ります。やがて、目を開けた時、サメは本当にいなくなっていました。
「パパ、有難う!」
主人公は歓喜して叫びます。
〜・〜
一人で海にいるとき、近くにサメが寄ってきたらパニックになりますね。
それで、たとえサメに襲われなくても、ひどい結果になるようです。だから、この対応は正しいのかも知れません。
あるいは、目を瞑っているうちにサメがいなくなるなんて、あくまでドラマだけの演出なのでしょうか。
確かに、現実では近づいてくる問題に目をそらしても勝手にはいなくなりません。
いや、杞憂と言うか、架空請求のように無視しておけば良いトラブルはありますが、ほとんどの場合、問題にはほおっておいたら大きく育ってしまいます。

■正しい問題との向き合い方

分かりやすい例を一つ。
「すいません。先ほど、お客様の◯◯さんから連絡がありまして。それがかなり怒っておられて、すぐに担当者から連絡が欲しいと言われました。」
えっ?あのお客さん?
俺、苦手なんだよね。
なんだろ、何れにしろ、かなり怒られることは決定だな。
ドーン、と心に重いものがのしかかります。
そうした時、対応の仕方は二通りです。
すぐに電話をして平謝りするか、あるいは気の進まないのに任せて対応を先送りするか。
本心から言えば、先送りしたい。
少し沈静化してから電話したい。
前段のサメのように何処かへ行ってくれるかも知れない。
しかし、大抵は真っ赤な顔をしながら、すぐに受話器を取りますよね。
なぜなら、1分ほおっておいたら1分、その分お客さんの怒りに火を注ぐことになり、問題が大きくなるからです。ひょっとしたら、取引停止にまで発展するかも知れません。
それにキチンと聞いてみれば、ちょっとした行き違いで、お互いすぐに笑って解消できることだってあります。
その種類にもよるでしょうが、問題の対応としてまず大切なのは初動です。
これを間違うと次から次と新しい問題が発生して、解決するためのコストは何倍にも膨れ上がります。

■すぐ、問題に飛び込もう

問題の先送り、良くないことですが、一杯有りますね。
しかも、それが深刻で厄介で、そしてすぐに影響が出ない場合なんかに。
先日、何故企業が新規事業が出来ないのか、と言うレクチャーを受けました。
講師曰く、それはできなくて当然。
まず、今の事業が伸びている時、ここで新規事業ができるか否か。
この段階なら、資金もある、人員もいる、「だから今やるべきだ」と言いたいところですが、それを口に出したら「お前正気か?どうしてそんなことをする必要がある?今の仕事に集中しろ」と言われるでしょう。
また、社長の肝いりで新規プロジェクトを動かしても、担当メンバーからすれば「メインの事業から外された左遷」と言うイメージを持ち、あと何年で本業に復帰できるか、と一向に仕事に身が入りません。
では、事業が明らかに衰退して、このままでは将来が真っ暗だと思った時。
当然、誰もが新規事業をやらねばとなりますよね。
しかし、この時点ではすでにお金がない、時間がない、優秀な人間もいない、で、新規事業を立ち上げる余裕なんか何処にもないのです。
だから、ほとんどの会社が、今のメインの事業の低減とともに消滅の憂き目を見ます。
そう考えたら、どの時点で動きだすべきかは明確です。
問題が現実に身に迫らない今こそ、動き時なのです。
喫煙が肺ガンリスクを高めるのは常識です。しかも、肺ガンになりたい人間はただの一人だっていない。
ならば、喫煙をしなくては。
そうしたら何時ですか?
実際に肺ガンが見つかってからですか?
それでは手遅れです。
それは、問題が現実に起きていない今でしょう。
私たちの人生のこと、そして個人レベルを超えた問題まで、指折り数えてみればこの手のことはたくさんありませんか?
それが、本当にまずいと感じるなら、問題に飛び込むのは今なのです。