今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

誇るべきは結果、行動ではない

(写真:秋くれない その3)

■いいじゃん、頑張ったんだから

社会人になった時に肝に銘じたこと。
「頑張った」は言い訳にならないと言うこと。
学生の頃は、上手くいかなくても「いいじゃないの、頑張ったんだから。必ず今度は上手くいくから」と励まして貰えました。
確かに、子供相手に、「泣き面に蜂」みたいなことをする大人はいません。
例えば、受験に失敗して落ち込んでいる子供に対して、「お前の努力不足が原因だ」と更に追い詰める親はまずいません。
「別にいい学校だけが全てじゃないわ。せっかくご縁のあった学校なんだから、そこで挽回しなさい」と励ますでしょう。
もっとも、自分の場合は本当にサボっていたので、かなり怒られましたが。
しかし、社会に出ると、この状況は一変します。つまり、結果を出さないものには、とことん厳しいのです。
「そこまで言わなくてもいいじゃないか。自分なりに精一杯やったんだから。」
いやいや、心に思っていても、あるいはキチンとフォローして貰いたくても、間違っても口にできませんね。
それは職業人として、かなり恥ずかしいことですから。

■基準は誰が決める

「頑張ったからいいじゃん」
その「いいじゃん」の基準は誰が決めているでしょう。
私たちは、当然結果が出したい。
そして、そのために種まきをします。
では、それはどれだけの種まきでしょうか。
そうです、それは、結果がでるまでの種まきです。
ところが、どれだけすれば結果が出るか、その基準は人それぞれです。
結果を出している人、例えば有名な経営者、イチローのような野球選手、相撲の横綱のような人達は、かなり高い基準を持っています。だから、才能に恵まれながらも、練習の虫と言われるのでしょうね。
対して、私のようなものは、その基準があまり高くありません。その低い基準のまま種まきをするので、「ここまでやったらから大丈夫」と満足する段階が早く訪れます。
そして、心の中では「頑張ったからいいじゃん」と甘く考えています。
当然、結果が出るはずもなく、散々叩かれて恥をかきます。しかし、「頑張ったからいいじゃん」なんて下手に口に出そうものならたいへんですから、そこは口チャックです。

■基準はお客さんが決める

どこまで頑張るか、それは結果が出るまでだし、結果の伴わない努力は無意味である。
まるで、少年漫画にでてくる嫌なキャラのセリフみたいですが、相手をお客さんに置き換えたらどうでしょうか。
つまり、仕事を期待してお金をかけてくれるお客さんに対して結果をださないことは、お客さんに迷惑をかけることです。
せっかく調理して出した料理が残念な味だった。時間をかけて作った製品を納品したら、不具合ばかりで業務の役に立たない。
あるいは、指定した時間や場所に荷物が届かない。約束した効果を実感できない。
こんな時に、「頑張ったからいいじゃん」と言っておれましょうか。
お客さんの立場なら、「徹夜してでもちゃんとして来い」と言いたい。もっとも、大人の方が多いから、そこまで言われる方はあまりおられませんが。
しかし、お客さんにとっては常に基準は「結果」です。なぜなら、その結果をコミットして貰えるからこそ、お金を払っているのですから。

■プロは結果を誇れ

私が、社内で製作している立場から、お客さんと相対して仕事をするようになった時に、これはもの凄く思い知らされたことです。
それまでは、営業さん等、お客さんの気持ちを伝えてくれる人がいました。
それが直接お客さんと向き合うようになった時、自分の基準とお客さんの基準のギャップに苦しみました。
自分なりに、これで十分と思って持参した製品が、全くお客さんの基準を満たしていなかったのです。そして、お客さんの現場で使っていただくことの厳しさを思い知らされました。
しかし、そんなことを繰り返すうちに、徐々にではありますが、自分で自分の基準を引き上げることができました。そして、怒られながら、呆れられながらでしたが、最後は良い関係でプロジェクトを終わることができるようになったのです。そんな経験が、自分にとって最大の資産だと思います。
これは仕事内容が変わるたび、あるいは求められるレベルが高くなる度に、今でもずっと経験し続けていることです。
つまり、自分なりに持っている「これで十分」の基準と、相手から求められる「まだ全然ダメ」の基準とのギャップ。この差にいつも苦しみ、時に相手を恨みさえします。
しかし、「頑張ったからいいじゃん」と言ったら職業人失格ですから、常に自分の中の基準を疑って、上を目指すように努めたいと思います。