今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

現場責任主義

(写真:緋色のグラデーション)

■プロフェッショナル経営者

日本経済新聞がスポンサーで、有名作家がコメンテーターを務めるビジネス情報番組。
私も、上司の影響で一生懸命見ていた時期があります。最近でも、圧倒的な人気があるのでしょうか。
その番組での主役は、名だたる成功企業の経営者たち。
その経営者のもとで、それまで振るわなかった企業の業績がどう回復したのか、そしてそのビジネスモデルはどんなに凄いのかを、バラエティー風に紹介しています。
それが、見ていて非常に分かりやすいので、何かビジネスの参考にできることはないかと、日々情報に飢えている私たち世代が争うように視聴するのです。
そこに登場する経営者の中には、いろいろな会社で華々しい実績を残して、請われて今の企業のトップに就いてもいる人もいます。いわゆるプロフェッショナル経営者という人たちです。

■その功と罪

確かに、トップは企業の要です。
まず、頭が動かなくては、体も、お尻も、尻尾も動けないからです。
そこから、プロフェッショナル経営者、いわゆる業績回復請負人のような人にスポットが当たるのだと思います。
今まではアウトソーシングは、現場の業務が普通でした。しかし、このプロフェッショナル経営者雇用の流れは、企業の要である経営トップをアウトソーシングしているように見えます。
曰く、不慣れな人が経営するより、高い報酬を払ってでもプロにアウトソーシングした方が良い。
すると、そこに現れるのは、全身実績と、それに裏打ちされた自信にあふれた人物。しかし、いわゆる何事も完璧にこなすエリートサラリーマンのステレオタイプを見せられているようで、その人の良い面ばかりが強調されているところに違和感を覚えます。
現実は、どんな実績を残した人でも、失敗する時は失敗するのです。また、それから学んで、やり方を変え、試行錯誤を繰り返して最後成功するのではないでしょうか。
そこを、成功した部分にだけ着目し、この人さえ来れば成功間違いなしと言う前提で始まる。そして、思うように結果が出なければ、すぐ首をすげかえる。
要は、貨幣中心で、経営者すら金で買えば良い、気に入らなければ返品だ、と言う気分が感じられます。
いつの間にか、我々もそれに毒されて、トップさえ凄ければ全て上手くいくように思い、実は会社の要は現場であることを忘れがちになっています。

■経営者は遠投する人

我々の会社を動物園に例えるならば、経営者は園長さん。飼育員は私たちの上司。
そして、私たち現場のものは、トラやライオン、象のような動物です。
お客さんは動物園に、動物を見に来るので、いくら動物園がきれいに磨かれていて、飼育員が優秀な人でも、動物たちが姿を見せなかったり、元気がなかったら、お客さんはガッカリしてしまいます。
つまり、我々の会社でも、お客さんと直接会話し、サービスをし、喜んで貰っているのは現場の私たちですから、会社の看板は私たちであり、業務の主役も私たちです。
そして、経営者とは、高いところから、全体を俯瞰して方針を決める立場です。いわば、現場から距離があるので、まるで遠いところから遠投しているようなものです。
その経営が投げてきたボールをスポッとグローブに納まるように調整して動くのは、やはり現場の私たちです。

■最後は現場責任が道を開く

私は、現場こそ大切だと考えています。
でも、昨今の傾向は、経営トップばかりにスポットが当たっている気がします。
もちろん、重い責任と、高度なオペレーションをこなす人なので、注目されるのは当たり前ですが、現場の我々までその風潮に染まってはならないでしょう。
実際、現場を軽んじて反動で苦しんでいる会社があります。
例えば、低価格メニューを提供するために、現場の接客メンバーをすべてアルバイトに変えたファーストフードのチェーン。下がってしまった現場の対応力と、お客さんの評価に苦しんでいます。
あるいは、大手量販店で現場対応をしている店員さん、聞けばほとんど仕入先のメーカーからの出向でした。確かに、店舗での人件費は抑えられましたが、自社の商品しか説明できない店員に非常なガッカリ感を覚えます。
現場の我々は、確かに経営者に比べて、全く非力です。しかし、我々一人一人の努力でしか道は開けません。
我々の立場でコントロールできるのは、経営ではなく現場です。だから、コントロールしようとしてもできないことに期待してエネルギーを使うより、コントロールできる現場で頑張ろうではありませんか。
その自覚を強く持って、経営にキチンと認められる現場担当でありたいと思います。