今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

インテリの受難

(写真:藤川宿)

■インテリとは

インテリとは、御存知の通り、ロシア語のインテリゲンチャから来た言葉です。
「インテリゲンチャ」とは、知識階級を指し、広い知識と、それをもとに培った見識で、世の中を先導する立場です。
例えば、政治家や、官僚、学者や教授、そして、芸術家、報道に関わる人、教師のような人たちを言います。
私たちは何かを語る時、その道の権威の見識を根拠とします。
昔なら、本や講演、あるいはテレビやラジオ等のインテリゲンチャの発言。
最近なら、確かな筋のホームページか、ブログ。あと、wikipedia。
昔、世の中を引っ張っていたインテリゲンチャも、最近ではその座をかなりネットに明け渡した感があります。

■インテリ=もの知りの時代

長屋のインテリと言えばご隠居。
その人から教えを乞うのは、大工の熊さんや職人の八つあん。
子供の名前のつけ方から、祝い事があって呼ばれていった時の作法まで、逐一教えて貰っています。
村のインテリは、寺の和尚さん。
今はすっかり様変わりですが、昔お寺は文化の中心地でした。子供の学校を、寺子屋とも言っていましたしね。
また昔の知識階級と言えば、僧侶だったので、比叡山や高野山のような仏教の中心地が、今で言う東大や京大の役目をしていました。
そして、明治期のインテリは学士様。
今のように猫も杓子もの時代でないので、大学に進んで勉学している人は誰もがたいへんなインテリと見られたのです。
そのインテリの条件は、まず広い知識。
何を聞いても、答えられないと言うことがありません。
また、インテリ自身もそれにプライドを持っていたので、もし知らないことがあっても、必死に取り繕おうとします。
そこでインテリの和尚さんが、医者からオナラのことを「テンシキはありますかな?」と聞かれて、知らないと言えずに必死にごまかす落語までできました。
これも、よくインテリの気分が描写されています。

■今の時代のインテリ像

さて、昔はものをよく知っていれば、インテリと感心されましたが、最近その図式がほとんど崩れてきました。
ビジネス本かぶれの友人。やたら、KPIだの、ROIだのと振り回します。知ったら使いたくてたまらないのが人間の性のようです。
それを側で聞いていた自分は、サッとスマホを取り出して、ネットでググります。
すると、難しいビジネス用語も分かりやすく教えてくれます。
知識の差が能力の差と言えた時代は過去のこと。小難しい専門用語を振り回して、賢そうに見えたのも昔日の栄光です。
なにしろ、1分あればサッとググって、あっと言う間に知識を手に入れられるのですから、知識のタンクが頭の外にあるか、中にあるかの違いでしかないでしょう。
では、今の時代のインテリ像とは何でしょうか。そして、人を惹きつける知識とはどんなものでしょうか。

■選別を競う時代

今は、情報が氾濫しています。
どれだけ情報を多く手に入れられるかと言う点では、余程その筋に顔が効かない限りは、皆大差がないと言えます。
この時代、氾濫する情報をいかに多く取り込むかではなく、いかに必要な情報だけを選別するかに価値があります。
ちょうど、今の新聞離れがこのことを象徴しています。新聞は限られたスペースで情報発信をする媒体です。しかも、相手の人数は何百万人と非常な広範囲です。ですから、これは載せてこれは載せないと言う選別がし辛い宿命があります。
その中、何を一面に持ってくるかは新聞社のセンスの見せ所で、世界的な発見がされた同日のトップに『うどん値上げ』を持ってきた香川の新聞には文句なく頭が下がりました。
しかし、概して広く、たくさん載せた記事はどれも平面的で、その深掘りまでをする余裕はありません。余程、感心を持ってニュースを見ている人でなければ、過去のニュースと今朝のニュースの関連が分からずに消化不良を起こすでしょう。
そこに来て、ネットは関心のあるニュースを好きにピックアップして、いくらでも深掘りできるので、正しく使えば物事に対する知識を深められます。
多くのことを浅く知るより、一つのことを深く知る方が最近では評価が高いようです。
その意味で、読者が新聞からネットのニュースに大量に流れこんでいるのもよくわかりますし、何よりタダなのが最大のメリットです。
しかし、正しく使えば、と前提を置いたのは、実際のところ正しく使うのはたいへんだからです。
最近は政治家の腰巾着と評されながらも、一応大新聞のニュースソースはしっかりしています。しかし、ネットにそんな保証は全くありません。とんでもない偏向記事が掲載されていても、活字になるとそれらしく読めますし、また影響も受けやすくなります。
また、それを信じて酷い目にあっても誰も補償してくれません。基本、信じるも信じないも自己責任です。
そんな時代にあって、信ずるに足るニュースを選別し、きちんと消化して、血や肉にできる人は本当の知識人でありインテリだと思います。
そのためにも、いろんな事象に対して自分なりの意見が言えるようになっておきたいですね。