今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

エボラ封じ込め作戦

(写真:ボートと鉄橋)

■オバマの叱責

「なぜ、今頃になって報告が来るのか!」
アメリカ大統領バラク・オバマの叱責にブレインたちは凍りついた。
昨年のことである。
西アフリカで猛威を振るっていたエボラ出血熱、国境なき医師団を中心に大流行をなんとか収束させようと懸命の取り組みがなされていた。
しかし、努力虚しくエボラの勢いは一向に衰えようとはしなかった。
一方各国の税関は、エボラ出血熱発症者の国内への流入を防ぐため、より検疫を強化していた。
そんな中、西アフリカからアメリカに帰国した男性にエボラ出血熱の感染が認められたのだ。帰国から感染の判明まで、接触した人間はどれほどいるのか。アメリカ国内でのエボラ大流行の危険性が高まった。
しかし、その大統領への報告は、感染の判明の1日後だった。
その間、大統領はこの国難に発展するかも知れない事態にツンボ桟敷に置かれていたのだ。
故に、この激しい叱責となった。

■エボラ出血熱

エボラ出血熱は、1976年スーダンのヌザラで最初の感染者が発見された。
感染者の男性は、急に39度の発熱を起こし、頭と腹部に痛みを訴えて入院をした。その後、消化器や鼻から著しく出血をして死亡する。
そして、男性の周りにいた人間が次から次と発症し、最終的にヌザラでの感染者は284名、死亡者は151名に上った。
その後、アフリカでは、過去10回突発的に発症、感染、そして流行を繰り返し、その間の感染者の致死率は実に50ー90%だったと言う。
間違いなく、人類にとって最凶の殺人ウィルスである。
しかし、アフリカ以外での感染例はまだ数例で、各国は自国への流入阻止に成功していると言えるだろう。
だが、非常に感染力の強いウィルスで、治療に当たるスタッフも防護服で身を守らなければならない。もし、管理下にない感染者が国内に放たれたら、その影響は測り知れない。

■小さなミスが大事を招く

エボラ出血熱は、主に体液感染である。感染者の血液や、排泄物、そして唾液の飛沫で感染する。また、空気感染も可能性を否定されていない。
このウィルスは、人間の抗体など無きに等しいが如く擦り抜ける。
例え空気感染しなくても、感染者から飛んだ唾液の飛沫が、近くにいた人間の目や鼻や口の粘液に付着し、それを触ることで感染リスクが高まる。また、感染者が触れた電車の吊り革や、ドアノブに触れて感染することも考えられる。
アフリカの農村部と違い、人口の密集も、人の交流もはるかに多い都市部で、一度感染が広まったら、その影響は測り知れないだろう。まさに、国中の機能を麻痺させるパンデミックの様相を呈する。
だから、たった一人感染者が確認されただけとは言え、少しの対応の遅れが大事を招くのだ。

■大統領の責務

一日遅れで報告を受けた時のオバマの頭に去来したものは何だったろうか。
自分の政治的な立場なのか、はたまた、指揮発動の遅れにより事態が深刻化することへの怖れだろうか。
思えば、大統領とは不思議な立場である。
経済の専門家でも、軍事の専門家でも、科学、教育、医療の専門家でもない人間が、国の最終的な舵取りを任されている。
甚だしいのは、核ミサイルのボタンを押す権限すら持っている。それぞれの分野の専門家の知見には遥かに及ばないのに、最終的な実行権限と責任だけ負っている。
つまり、そう言う人かも知れない。
分野の専門性を超えた判断力、公平性、そして広い視野、そんな人物に自分たちの命運を委ねる。そう言う信任の元で、全アメリカ国民から選出された人である。
だから、知名度が有利に働くこともあれば、少々過激でも発言からリーダーシップが支持されることもある。むしろ、本来の人となりや、能力は問題でないのかも知れない。そこは、うまく選挙参謀と言うブレインが演出してくれる。
そんな大統領にとって、政治的評価、つまり国民の信頼は命である。
そこに、エボラ大流行と言う国難に初動が遅れるのは命取りである。だから、日頃から神経を張り巡らせていたところ、今回の報告遅れに叱責が飛ぶのは当然だっただろう。
少々穿った見方かも知れないが、大統領と言う立場を想像して見た。
ただ、いずれにしろ、このオバマ大統領の叱責が、国を預かる立場の重さを表していることは間違いない。おおいに、責務を全うされることを念じたい。