今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

目標、壁、そして成長

(写真:ビーズ盛り)

■目標は何の為か

朝会社に出社して、決められた業務を行って、夕方帰る。そうすれば、毎月決められたお手当てが振り込まれる。
昔のドラマに描かれたサラリーマン像である。
しかし、現実にはそんなことはない。
営業にはノルマがあり、製造には納期がある。
営業は、毎月のノルマをどう達成しようかと汲々とする。やり手なら、厳しい目標を達成することにやり甲斐を感じるだろうが、毎月やっとやっとで達成している人は、月初にやれやれと一息つくのも束の間、月末が迫ってくる度、青息吐息である。
製造も、余裕のあるスケジュールのはずが、お約束の如く不測の事態に見舞われて、気がつけば納期まで殆ど日が残っていない。結局、毎度の如く土日出社で凌ぐことになる。
ノルマが、そして納期がなければ、どんなに良いか。そう思う人が大半だろう。
しかし、会社が目標を置かないことは無理である。
なぜなら、営利団体である以上、利益を上げなくては、会社は存続しない。設備費、購入費、そして仕入のお金。それらを払って、さらに社員に給料を渡さなければならない。
そのためには売上をどれだけ上げなければならないかが決まる。それを、営業マンに割り振ったものがノルマである。
製造の納期も、顧客との契約で決められたものである。納期のない契約があるとすれば、それこそ未完成のままで放っておいても文句を言わない顧客と言うことになる。

■実力相応の目標はない

そこで、会社としての目標、つまり予算を決める。そこから、部の、課の、そして個人の目標へと落としこまれる。
最終的に、一人一人が自分の目標を達成すれば、会社は安定的な経営が可能だ。
しかし、ノルマにしろ、納期にしろ、その人の実力相応の目標が立てられることはまずない。
例えば、安定的に月300万販売する力のある人なら、350万、ないし400万の目標が与えられる。
それは、事業の拡大を志向するのが企業であるし、また社員は常に成長を求められるから。
昨年10できた人なら、今年は11から12、来年は13から14と、毎年少しずつ背伸びした目標を与えられ、ビジネスマンとしての成長を期待される。
製造も、昨年かかったコストを今年は下げるよう目標設定される。精度もより高いものを要求される。
周りの企業は、少しでもライバルを出し抜こうと必死だ。そのため、より多くのシェアを狙い、より安く質の良い製品を販売する。
会社が向上を求められる中、そこを構成する社員が成長を求められるのは当然と言える。

■目標は壁となる

昨日よりも今日、今日よりも明日と、より高いものを要求される社員にとって、目標とは常に前に立ちはだかる壁である。
やっとやっと前回の目標を達成して、もうこんなシンドイ思いゴメンだ、少し考慮して貰いたいと思っていたところ、今回は更に高い目標。
それで、ようし!とモチベーションが上がれば良いが、かえって、そんなの無理!と意気消沈してしまうのではなかろうか。
しかし、それで済まされないのが辛いところで、なんとか達成できるように知恵を絞らなくてはならない。
今までの根性論ではダメだ。根本的に変えよう。やり方を変えない限りは、絶対に達成できないと、いろいろ試行錯誤する。周りを巻き込む。
同じことをしていたら結果は変わらない。結果を変えたければ、行動を変えよう。
かくて、壁を越えるため動き出す。

■壁を超えたところに成長がある

壁とは嫌なものである。
前に進みたいと思っているのに遮られる。
だが、楽な下り坂ばかりの道に、充実感、達成感はあるのか。
人間は、楽に流される性がある。周りがノンビリしているのに、自分だけ頑張っていると馬鹿らしくなる。いや、負けまいと気張っても、やがて周りの雰囲気に侵食されて、同じテンションでしか行動できなくなる。
だが、楽な道を歩いていても、決して幸せな気持ちになれないのも人間なのだ。
昨日より今日、今日より明日と確実に成長したい。できなかったことができるようになることは、我々にとって最高の精神のご馳走だ。
だから、嫌な壁もあればこそ、成長に向かって努力しようとする心になる。怠惰な自分が、壁を乗り越えようと努力できる。
そして壁とは、高い目標のことである。
目標は、どうしてもネガティヴに捉えられる。しかし、成長のためのインジケータと前向きに捉えたらどうだろう。
きっと、心と行動が変わる。