今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

上司の指導は、時に自分の失敗の裏返し

(写真:授粉の協力者)

■上司は凄い人

上司は凄い人である。
まあ、当たり前か。
自分から見て凄い人だから、自分の上司なのだから。
しかしそれにしても、よくものごとが見えていると感心する。自分の方が案件に時間を費やしていながら、上司に比べて全くものごとの本質を掴んでいないことに唖然とする。
全く恥ずかしい限りである。
そもそも、人間としてスペックが違いすぎるのか。
そして、あと残り少ない社会人生活のうちに、どれだけ近づくことができるのか、まことに心もとない。

■誰も最初から優秀ではな

だが人間は、誰しも最初から優秀ではない。
ひょっとして、上司も自分と同じ失敗をしてきた過去があるかも知れない。
自分の至らなさを指摘される度に、自分の非才が恨めしい。そして、仕事の適正が疑いたくなり、シュンとする。
でも、凄いなあと思っているあの人も、一度はこの道を通っているとしたら、まだまだ自分も捨てたものでない。
第一、あの坂本龍馬だって、子供の頃は小便たれの泣き虫だったと言うし、どんな偉人にだって消したい過去の10や20はあるだろう。歴史的に評価されている立派な姿の陰には、実に人間臭く、失敗をしてきた過去もあるかも知れない。要は、そこを努力で克服して偉くなったのだ。

■上司の指導は、時に自分の失敗の裏返し

自分だって、今人に偉そうに言っていることは、過去自分が失敗から学んだことである。
人はヘェ〜と感心して聞いてくれるが、何のことはない、自分も指摘されて恥をかいてきた。でも、恥ずかしかった分、二度とすまいと心に刻んだし、その経験が財産になっている。
だから、もしかしたら上司が自身一杯語る指導も、上司自身の失敗の裏返しかも知れない。そして、ひどい目にあって、散々苦しんだから、同じ目に遭わすまいと厳しくなるのかな。
そう思えば、今はダメダメな自分も、なんとか人並み。怒られていても構わないとは言わないけれど、そんなに卑下する必要もない。

■負けて覚える相撲かな

失敗とは、最高の学習の機会である。
昔から、「負けて覚える相撲かな」と言われる。
力士は、強い相手と取り組んで、転がされて土がつく度に相撲を覚える。
自分たちも失敗をして叱られ恥をかいては、どうしたらもうこんな思いをしなくて良いかと知恵を絞る。だから、失敗し、叱責を受ける度に一皮むけて大きくなる。
上司や先輩の厳しい指導も、自分と同じ失敗をしてきた証と思えば親近感が湧くし、自分の経験を伝えようとしてくれているから感謝にもなる。
むしろ、失敗を嫌って、充分経験を積んでこず、今更こんなことで指摘を受けている自分を反省すべきか。