今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

まず、過去問を解く

(写真:しじみあげは その1)

■もっとも弱い生き物

有名な言葉。
「人間は考える葦である。」(パスカル)
どういう意味か。
葦とは、湿地帯に生えている、あの葦。
茎も細いし、簡単に手折ることができる。
それくらい人間は弱い存在と言うこと。
しかし、今地球上で最強の生物、それは言わずと知れた人間である。
だが人間は本来、もっとも弱い生き物である。早く走ることもできなければ、高く飛ぶことも、深く潜ることもできない。強靭な顎も、鋭い爪も、硬い鎧も、そして一撃必殺の後ろ足もない。
毛皮も持たないから、寒冷地に裸で放り出されたら、たちまち死ななければならない。
その人間をして、生態系の頂点に君臨させた能力、それが考える力である。

■何故、人間が生態系の頂点か

もっとも弱い生物である人間が、なぜ生態系の頂点に位置するのか。
それは、偏にデータベースを持ったからだと言える。
人類の歴史は記憶媒体の歴史ではなかろうか。
人間一代で経験できることはたかが知れている。だが、我々は膨大な経験知の恩恵に預かって生きている。
他の動物の経験知は、DNAや本能と言う形で継承される。だから、個体の経験知が継承されることは殆どないし、また膨大な時間をかけなければDNAに書き込まれない。
対して、人間には言語がある。言語は、人類初めての革新的データベースと言えるだろう。
言語を通じて、個人や集団の経験知が口うつしで伝承される。これだけでも、他の動物に対する経験知の伝達率は遥かに高いといえる。経験知の効率的な伝達こそ、人類の生存戦略に於ける最大の強みなのだ。
しかし、口うつしには、言い間違い、抜け、誤変換等のリスクがあり、情報が正しく継承されない欠点があった。また、時間とともに消失する情報も多かったろう。
そこで、一度記しておけば、人手を頼らなくても伝承可能なデータベース、すなわち記録媒体が生まれた。

■それでもロスは避けられない

記録媒体、古くは壁画から始まり、文字の開発による木簡等への筆記へと続く。
そして、紙の発明。木版印刷、活版印刷の発明。
記録媒体のイノベーションがある度に、経験知の伝達率、拡散率は飛躍的に拡大していった。
そして、コンピュータによるデジタル記録の実現。ここで初めて、人類はデータベースと言う言葉を使い、記録自体ではなく、記録されたデータを加工することにより得られる価値を知る。
さらに、今日のネット接続でのオンライン文明である。世界中、膨大な人数が自分のライフログをネット上に毎日記録している。リアルタイムの経験知が、そのまま全人類の資産となる。
まさに、ネットと言う巨大な知能と経験知を共有しながら生きているのが人類ではなかろうか。
ただ、それでも人間個体には、経験の有無の違いがある。ネットで検索して知識が得られても、たとえば大型のトラックや船舶の運航はできはしない。
ビジネススキルも同じ。ビギナーと、経験者では自ずと成果や、その精度に差が出る。
最近は、人工知能でその差を埋めようと研究が進んでいるが、やはり、新人が先人の経験をそのまま引き継ぐことは不可能である。
それをロスと言えるかも知れない。
先人のした経験、失敗、そして成功。それを一から同じ経験をしなければ、その人のレベルに辿り着かないからだ。
先人の体験のリフレイン、それが人類の歴史でもある。もし、その必要がなくなれば人類の進歩は飛躍的進むだろう。

■まず、過去問を解く

SF的な話はさて置き。
それでも、積極的に先人の経験知に学ぶことはできる。
それは過去問を解くことである。
我々の業界で言えば、先駆者のやり方、成功事例、失敗事例に学ぶ。
取り敢えずやってみる、そう、確かにまず動きだすことは大切だ。
しかし、しなくて良い苦労まで敢えてする必要はない。
例えば、気の利いたカタログが作れない。だが、それで卑下することはない。
ネットを検索して、グッと心に響くカタログを探す。そして、まずは全く同じものを作ってみる。
真似ではない。学びである。
学ぶは、マネぶから変化した言葉だと言われるでないか。
まず、先人の知恵を取り込む。そうしたら、同じ感性、スキルに近づくことができる。
あとは、そのまま世の中に出せないから、最大限自分のオリジナリティを注入するのだ。
人真似を嫌い、自分のオリジナリティにこだわって時間の無駄をしていないか。
自分に力や経験がなくても、それを自分にダウンロードすれば良い。
それこそ、この大データベース社会の恩恵と言うものである。