今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

行き詰まりはあと一歩で突破できるサイン

(写真:黄金の雲海)

■もう諦めようと思う時

自分は、怠け者の癖に諦めが悪いところがある。
それで、ついズルズルやって怒られている。
絶対抱え込むタイプだろうし、家内がいなければゴミ屋敷の住人かも知れない。
しかし、要らないものを抱え込むことは問題でも、価値のあることなら諦めが悪い方が良い。
何かを開発しようとやっていると、あるところで行き詰まる。最初は簡単だと思って舐めてかかると、意外に手強くて何日も何日も同じことにかかりきりになる。
その分、工程にジワリと影響が出てくる。
ならば、その機能は諦めるか?
しばし考えるが、やはりこれがあるとないとでは製品のインパクトが違う。
それで、もう一度、もう一度とチャレンジする。周りから怒られても、コッソリチャレンジする。
そうして、実装できた機能が結構ある。

■あと一押しができるか、できないか

道が開ける時は、意外に、もうダメだと諦めかけた次の瞬間だったりする。
もうダメだ、止めよう、諦めよう、そう決断をする。すると、不思議ともう一手を思い付く。それが、難局を打開する妙手だったりするのだ。
要は、そこまで悩んで脳に圧をかけていたからだと思う。そこで、諦めようと決断することで、圧のかかっていた脳が解放されて血液が流れ始める。その時、また脳が活発に動き始めて、それが良い発想を生むのだろう。
そこまで脳に圧をかけて悩むか悩まないか。そして、最後、もう一押しができるかできないかだと思う。

■夜明けの前が一番暗い

だから、難しいことに挑戦する時は、道が開ける前が一番シンドイ。
悩んで悩んで、何日も何日も成果が持ち帰れずに、夢の中まで出てくる状態だからだ。
そこまで圧をかける。
それは、圧を解放した時に大きな飛躍を生むための準備のようなものだろう。より縮んだバネほど、いましめを解いた後の跳躍力は凄い。
しかし、後からはそう思えるものの、真剣に取り組んでいる時はとてもそうは思えない。
だんだん打つ手が限られて、袋小路に追い込まれる感覚だ。まさに、光が奪われて真っ暗がりに置かれる気分。
しかし、昔から言うように「夜明け前が一番暗い」。
ドラマでも、最終回でいろんな問題が解決されて大団円を迎える直前は、いままで保留してあった問題が一気に噴出して無茶苦茶になっている。意外に、リアルでもそんなところがある。

■窮すれば転ず、転ずれば通ず

古来、「窮すれば通ず」と言われる。
窮して窮して、どうにもならなくなった時に、道を開く光明が見えるという言葉である。
しかし、ある人曰く、
「窮すれば転ず、転ずれは通ず」だそうだ。
窮しただけでは道は開けない。
窮して窮してどうにもならなくなって、これ以上やっていても無駄、とフラリと気分を変える。
例えば、散歩に行く。寝てしまう。トイレに行く。いわゆる三上である。
三上とは、馬上、枕上、厠上。
すると、気分か変わり、新しい発想が生まれやすくなる。
もちろん、ただ散歩に出掛けたり、寝れば良いアイディアが生まれる訳でない。それまで、考えて考えて、もう無理と言うまで考えて、そこで気分をガラリと変える。
行動を変える。発想を変える。
すると、身体の行為は変わっても、頭がアイドリングを続けている。しかし、頭に対する圧が解放されるので、その余熱で良い発想が出やすいと言うのだ。
いわゆる、「転ずれば通ず」である。
つまり、最後通じるためには、そこまで窮する過程が必要である。
我々は、充分な悩みもないまま、通じない、開けないと愚痴を言う。しかし、窮して、転じて、通ずなのだ。
行き詰まりまで到達したと言うことは、あと一歩のサインである。
まず怠惰な自分を反省し、情熱を持って、行き詰まってどうにもならなくなるくらいまで打ち込みたい。