今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

流れを作る

(写真:名鉄知立行き)

■モノづくり

新技術発表会の案内を貰う。
「新技術」って何だろう。
興味が湧いて出掛ける。
だが、たいていは基礎研究から一歩進んだくらいのもの、素人が聞いても、どこがどう凄いんだかサッパリ分からない。
しかし、周りのおじさん達はしきりに頷いて聞いているので、きっとその道の専門家なのだろう。不勉強でやってきた自分が悪いと言うことか。
それでも、手頃なものを選んで聞いてみる。
「これは、どのような応用を考えているのですか?」
すると、照れ臭そうに言うことは、
「さあ、そこまではちょっと。何せ、それを提案して貰いたくて、このような場に出展しているのですから。」
なるほど、モノづくりジャパンの問題はここに有りか。
実際の利用シーンを考えずに、尖った機能だからとか、面白そうなテーマだからとモノづくりに走る。だが、応用まで織り込んでないから、市場に広まるのはある意味クジに当たるようなものである。

■コトづくり

そう言う反省があってか、少し前から大手ベンダーで頻りに「コトづくり」と言われるようになった。
モノありきで、それをどう使うか考えて貰うのが、「モノづくり」。
使う人有りきで、実際に使うところを想定して、そこに価値の重きを置く「コトづくり」。
「コトづくり」は、料理で喩えれば分かりやすい。料理は、食べて美味しいと言って貰わなければ作る価値がない。こんな変わった食材を使いましたとか、こんなに手間をかけていますとか言っても、食べて口に合わなければ、お客さんは二度とその料理のために財布を開かないだろう。
やはり一口食べてみて、「美味しい!」「舌がとろける」「とってもジューシー」と言って貰ってこそ、お客さんに愛される料理となる。
料理は食べて美味しい、つまり消費したお客さんの体験が前提なのだ。
同じように「コトづくり」も、「使ってこんなに便利になった」「すごく助かる」と顧客体験を起点に企画し、モノづくりをすることである。

■体験を売る

本のタイトルにも、「モノを売るな、体験を売れ」とある。
「モノを売る」、つまり顔中口にして製品の機能を説明する。
売る方は、こんなに機能を搭載しているのだから、さぞ興味を持ってくれるだろう、と一方的に期待する。
しかし逆の立場に立てば、現在の業務で利用シーンが思いつかないものを、搭載している機能をもとに想像を膨らませて便利に使ってくれ、と言われても正直困る。
ましてや、多額の費用がかかる。そんな使えるか、使えないか分からないものの為にバクチを打てない。
だが、こちらの利用シーンを前提に話をして貰えば分かりやすい。
「現在、このようなことでお困りでばありませんか。」
「実はこの問題は、ここで行なっている二重作業を止めれば解消するのです。」
「だったら、この作業を自動化して、かつ後の工程でも再利用できる仕組みがあれば良いことになります。」
「今日お持ちしたのは、それを実現する製品なのです。」
それを利用したら、自分たちの仕事はどうなるのか、どう楽になるのか、その体験を先取りして提案するのが「体験を売る」ことである。

■流れを作る

ただ、モノはある、お客さんが便利になることも分かった。しかし、それだけでは製品は世の中に広まらない。
最後、世の中に行き渡らせるための仕組みが必要になる。
それができてしまえば、それだけでも商売はできる。いわゆる流通と言う業態である。
流通は「モノづくり」が得意なメーカーと、実際に購入する消費者との橋渡を担う。
流通業者は、消費者を研究して必要とされるものをチョイスする。自分たちが製造している訳でも、設備を抱えている訳ではないから何を選ぶかは全くの自由である。
最適な相手に最適なモノをチョイスして、「コトづくり」をする。後は、消費者にどう広く深く届けるかである。
広告宣伝をする。
ブランディングをする。
構築した販路に流す。
手段はいろいろあるが、やはり売れるものは売れるべくして売れるのだと思う。
まず、売り手自身に納得感がなくてはならない。納得感、すなわちモノが流れることの必然性である。
水は高きから低きに流れる。
山に降った雨は、坂を上がったり、わざわざ丘を流れたりはしない。低くなっている方向に、また以前の水が窪みを作った方向に導かれて流れる。
それが流れと言うものだろう。
そもそも「流通」と言うでないか。
それを無視して、水を逆に流そうとしていないかと反省される。
皆んなの興味の薄れたところに拘っていたり、圧倒的強者がいる市場でまともに戦おうとしていたり。
必ず流しやすい方向を意識すること、そして流れを作ること、自分自身身につけたいスキルである。