今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

ローギア

(写真:白の大輪)

■愚公山を移すの話

ある時、愚公と言う中国の老人が、自分の土地の前の大きな山がなければどんなに良いか、と思った。
物を運ぶでも峠を越えるのに難渋するし、また太陽を遮るから田や畑に十分な日の光りが届かない。
そこで、一族のものを集めて、あの山を削って平らにしたいと提案した。
ブルドーザーがない時代、人間とモッコで作業するなど、とてつもない話である。
しかし、孝心厚い子や孫たちは、一も二もなく賛成し、一族力を合わせて山を削ることになった。
そして、翌日から山の土を削ってはモッコに担いで、遠く離れた海に捨てに行った。
しかし少し山を削るたび、海まで何日もかかっていたので、いくら頑張っても作業は一向に遅々として進まなかった。

■賢公の揶揄

そこへ、自らを賢公と称する隣の老人がやってきて、愚公をからかった。
「愚公よ、あなたは何というおろかなことをしているのか。あなたはもう90を超えているでないか。それでは、いくら頑張っても生きている間に仕事の完成を見ることはなかろうよ。」
しかし、それに対して愚公は平然と答えている。
「確かに、わしの生きている間に山は平らにならんじゃろう。しかし、山はどこへ行くわけでもない。
わしの代や子や孫の代では叶わなくとも、その子や孫たちの代まで諦めずに続ければ、必ずや山は無くすることができるであろう。」
この返答には、さすがの賢公も一言も返せなかったと言う。

■ローギアとハイトップ

人間には、ローギアとハイトップの人がいると思う。
ローギアとは、そのやり方が最適とか、不効率とかを考えずに、とにかく自分にとって正しいと思ったやり方を貫く人。
ハイトップとは、まず効率を考え、時間やコストがかかるとか、苦労しそうだと思ったらその道を避ける人。だから、人生で高速道路を探し、高いギア比で距離を走る。
上の話では、愚公とはローギアの人であり、賢公はハイトップの人である。
ハイトップの人は負ける戦いをしない。
勝てるかどうかを考え、負ける戦いを避けて、確実に実績を積み重ねる。
言わば、エリートであり、ビジネスや人生の勝者と言われる人である。現代社会では、理想的な人物像かも知れない。
対して、ローギアの人は会社組織での出世は難しいだろう。
しかし、全ての人が負ける戦いを避け、効率を優先したら、不効率だが世の中に大切なことができずに停滞する。

■ローギアこその突破力

世に言う研究開発の仕事は、成果を生み出すまでは何十年単位である。
ある機器の開発者の話を聞いたことがあるが、着想から製品化まで実に10年の歳月をかけている。
その間、形になるかならないか分からないことに出資し続けた会社も凄ければ、周りの評価に身の縮まる思いをしながら努力し続けた研究員も凄い。そもそも、そんな成果を上げられる人なら、かなりハイスペックだろうし、でも敢えて閑職と言われ兼ねない部署に身を置いて、ひたすら研究を続けるのも生半可でない。
ハイトップな人ならそんな選択はしないだろう。ローギアにして馬力のある人ならではの道である。
また、それで実にならず夢破れる人も多いはず。それでも、そんなローギアの人が頑張ってくれなくては、世にイノベーションは生み出されない。
他にも、あの福島の除染や、原発の廃炉など、まさに何十年、何百年単位の仕事である。愚公が山移そうとするに等しいとも言えよう。
普通はリスクを冒してまで、そんな仕事はしない。しかし、頑固で融通の効かない、また、使命感溢れるローギアの人間だからこそ成し遂げられる仕事である。
今の時代求められるのは、ハイトップの人間である。しかし、ローギアの人間が、低速だけれど馬力を出して成し遂げる仕事が世の中を支えている。