今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

自戒

(写真:照明満ちる)

『どう心を込めるか学ぶこと
どう集中するか学ぶこと
失敗とやめることを恐れないこと』

昨年学んで、特に心に残ったことである。
そして、自分には足らないと自戒していることでもある。

■どう心を込めるか学ぶこと

自分は習慣化が好きである。
習慣は積み重ねることによって、なりたい自分に近づくことができる。
毎日、確実に実行さえすれば、一歩づつ目標達成に近づいていく。
しかし、いつの間にか、その習慣が作業となり、こなし仕事になっていることに気がつく。
実行しないと、自分の大切なものか失われていくようで気持ちが悪いから、取りあえず実行する。しかし、実行すること自体が目的になり、いつの間にか、その習慣でどんな自分になりたいかと言う目的を見失っている。
そして雑になるから、時間を消費するばかりで実になっていない。これでは、せっかく習慣化した意味が失われてしまう。
何事においても、心を込めてより価値のあるものに変えて行きたい。
その為に、夜眠ること、食事をすること、仕事をすること、学ぶこと、全てにおいて、その間消費した命に見合うくらい大切に過ごせるように意識を変えていきたい。

■どう集中するか学ぶこと

仕事、勉強、趣味、食事、リラックス、子供の相手。
自分は全てにおいて、ながらである。
仕事や勉強中も他のことに心が引っ張られていたり、趣味やリラックスする時間も仕事のことを引きずっていたりする。
自分のことをしながら、半分だけ気持ちを子供に向ける。これでは、子供も遊んで貰った気持ちにならないし、親との良い思い出もできないだろう。
ながらで同時にこなしているのは一見効率が良いようで、全て中途半端なので、とんでもなく非効率である。
ならば、「一つことに集中しよう」「他のことはしないぞ」と決意を固めるが、いかんせん心までは、その通りにならならない。
心を一点に集中する。
その技術を学びたい。

■失敗とやめることを恐れないこと

失敗を恐れないとは、挑戦することである。
慣れたこと、場所、ポジション、技術、そういうものに固執せず、新しい世界に飛び出してゆく。
しかし、新しいことをすると失敗をするし、恥をかく。恥をかきたくないから、慣れた安全な港に逃げ込んでしまう。
だが、それでは港の外に大きな海があることを知らずに一生を終わってしまう。港の外の高い波濤を乗り越えなければ、人生は何事も始まらない。
恥も叱責も覚悟で、挑戦する気持ちを持ちたい。

しかし、挑戦して失敗する度に、大量に実にならなかった時間を生む。
それは、周りから見れば無駄な時間である。
それをまた、たくさんの時間を浪費しているごく潰しと見られるのが怖い。
だから、失敗を認めない。
後生大事に抱えて、まだキチンと生きている振りをする。
これは世間でもよくある。
銀行が大量に融資した先の経営が悪化して、このまま倒産されたら、回収はおろか多額の不良債権を生む。そんな時、銀行は追加融資して債権先の延命を図り、不良債権が表沙汰にならないようにする。
あるいは、もっと身近では、タンスや押入れの中を覗いてみたら良い。
今の自分にとって何の価値もないものが大量に眠っていないか。
しかし、それらは一度は大枚をはたいて購入したものである。それが、全て無駄金と認めたくないから、家の収納スペースを犠牲にして保有を続けるのだ。
同じように挑戦をして失敗だと分かっても、潔く止めて捨てることができない。
だが、一生懸命保持していると、それだけ時間と労力が消費される。まるで、買い溜めたもので、家が一杯になって、それ以上新しいことができなくなるようなものである。
自分にとって価値のないものは潔く棄て去り、価値あるものを選別する賢さを身につけたい。