今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

頑張れなかったところを褒める

(写真:流れ雲)

■最近の通知表

二学期が終わると、子供が通知表を持ち帰ってくる。
昔は、教科ごとに1から5で評価されていた。親からすると、評価が非常に分かりやすい。かなり苦手な教科は1、苦手な教科は2、普通は3、得意は4、優秀は5と言ったところである。
ところが、最近は◎、◯、△で、基準がよく分からない。
しかも、教科ごとでなく、返事が良いとか、取り組みが積極的であるとか、学習態度で評価される。
これでは、うちの子は勉強ができるのか、できないのかが、よく分からない。
昔の漫画にあったように、通知表を親に見せてド叱られていた時代とは隔世の感がある。

■子供のどこを褒めているか

それでも、学期中で持ち帰るテストの点数を見れば、何が得手で、何が不得手かは、だいたい分かる。
国語は得意だが、算数が苦手とか、社会は得意だが、理科は苦手とか。
まだ小学校低学年のうちは普通に80点、90点を取れても、学年が進むに従って、だんだん得手不得手は際立ってくる。
そうした時、我々親は普通、よく出来たところを褒め、できなかったところにはお小言を言う。
出来て褒められたことには、子供は自信を持ち、出来なくて叱られたことには、往々にして萎縮し、苦手意識を強くする。
だから、教育者たちは得意なところだけをよく褒めよ、と言う。
出来ているところをよく褒めて、子供に自己肯定感を持たせることが大切である。
そして、自分に自信が持てれば、苦手なところにも積極的に取り組めるようになると言うのである。

■避けて通れない弱点克服

つまり、褒めて伸ばすと言う教育方針である。
時間がある場合は、それで良いと思う。
しかし、中学生になって苦手教科がつまずきの原因になったり、受験が近い場合は、自己肯定感で底上げするのを待ってはいられない。弱点が分かったら、なんとしても克服して、大事な場面での失敗は避けなければならない。
それでも、子供の自信をどう高め、モチベーションを上げるかと言う一点では、対応は同じである。
ただ出来たところを褒めるだけでなく、頑張れなかったところも褒めるように変えていく。

■頑張れなかったところを褒める

頑張れなかったところを褒める。
しかし、実際は難しいと思う。
目の前に20点のテスト結果を見せられて、どうしてこんな不甲斐ない結果なのかと思わず天を仰ぐ。
つい自分や、他の子供と引き当てて、子供の努力不足を責めることになる。
「ちゃんとやればできるはずなのに、頑張りが足らない。」
しかし、努力することも一つの技術である。
努力の方向、モチベーションの保ち方とか、特に苦手な科目に対しては、高い心のハードルを前に惑い苦しむ。そして、頑張ろうと言うモチベーションが起きて来ない。
だから、言って、「はい、できました」と言う類のものでない。
我々でも、あまり得手としていない業務では、モチベーションが上がらず、他の人が簡単にこなしていることが何倍にも難しく感じることがある。
そんな時、あくまで自分の努力で乗り越える人もあるだろうが、慣れた人の懇切な指導で壁を超えてはいないだろうか。
その懇切な指導の中身は、どうだろうか。
決して一定の基準を押し付け、できないことを責めたりはしないだろう。
出来たところ、取り敢えず頑張れたことまでをまず認め、それを基準とする。
「そこまでできましたか。じゃあ、今度はここまでやってみましょう」とか。
そこで、「どうして、こんなことができないのか」と叱られては、ただただ萎縮し、先に進むことはできない。
おそらく子供もそれは同じはず。
頑張れなかったところではなく、いま頑張れているところまで認める。
そして、それを基準にする。
あとは、そこを1.1にするとか、1.2にするとか、努力の方向を定める。
千里の道も一歩から。
どこへも続いていない道はない。
まずは、歩き始めること。
そのために、頑張れなかったところを褒める。
子供にも、後輩にも、自分自身にも大切な視点である。