今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

嘘つき

(写真:和庭園の樹蔭 その1)

■無くてはならないもの

人間が生きていくには、どうしても無くてはならないものがある。
まず、空気、水、そして太陽。
食べ物、衣服、家。
あと、それらの中に『嘘』もある。
嘘つきは泥棒の始まり。
嘘は人間の悪徳の一つに数えられる。
自分も子供の頃、勘違いでしでかした失敗を誤魔化そうと、先生につい嘘をついた。
あれが、自分がこの世での嘘のつき始めだったかも知れない。
後で親が「嘘をつく癖があるから注意するように」と先生から注意されたそうである。
確かに、それで嘘をつく癖がついたのかも。また、同時に『嘘つき』と言われることに、人一倍敏感にもなった。

■もし、嘘がなければ

しかし、そんな悪徳に数えられる嘘でも、なければ非常に困った世の中になる。
医師が、病状を正直に患者に伝える。見舞いに来た人も、もうすぐ死にそうに弱っていることをそのまま伝える。そうしたら、患者は気落ちして、助かるものも助からなくなる。
お店の人は聞かれもしないのに、お客さんに、棚の商品の問題点を包み隠さず喋ってしまう。あるいは、似合わない服を「似合わない」と正直に伝える。そうしたら、まともに商売できる店は無くなるし、お客さんも買うものが無くなって困るだろう。
夫は出かける度に美人に目を奪われ、自分の妻があの美人であったならと、悶々とする。それだけなら今も茶飯事だが、それを妻の前で正直に告白する。ましてや、「君のことが一番好きだよ」なんて言わない。
これでは、夫婦仲が3日も持てば良い方だろう。
首相同士、外交の場でにこやかに握手をする。しかし、お互い自国の都合を背負っている。腹の中では、相手の身勝手な主張に相当煮え繰り返っているだろう。
そして、それを正直に出して外交すれば、たちまち交渉は決裂、国際協調もヘッタクレも無い。

■良い嘘と悪い嘘

嘘は悪いことだが、無くては人間は生きられない。
だいたい、「忍耐」は大事な善に違いないが、腹底を隠して顔で笑っていることに他ならない。だから、時に嘘は大切な必要悪である。
そうすると、良い嘘と、悪い嘘があることになる。
良い嘘とは、どんな嘘だろう。
医者が、患者を前に病状を説明している。
医師は、「この患者、かなり厳しいな」と経験上分かったとする。
もちろん、病名は正しく伝えなければならない。それで、ショックを受けた患者が「そ、それで、先生、わたしの命は後どれ位でしょう」と聞く。
医師は、その時「後一ヶ月くらい、助かる手立てはもはや無い」と思っても、「症例からすれば厳しいですが、貴方の頑張り次第です。わたしも頑張りますから、一緒に病気と闘いましょう」と励ます。
患者の心は、後一ヶ月と言う事実を知りたいのでない。なんでも良い、少しでもすがりつきたい。そんな彼に、医師の嘘の一言が病気と闘う勇気を与える。
あるいは、末期の患者を見舞ったら、我々はどう言うだろうか。
「これは長く無いな」と心で思っても、「あれっ、なんかスッカリ顔色良くなったんじゃない。春までには退院できるかもね。」と嘘をつく。
だが、患者はその嘘が聞きたいのだ。迫り来る死に不安でならないところに、その一言が灯りになる。病気と闘う勇気が出る。

■ついてはならない嘘とは

このように、時に嘘は相手を生かす。
これは、良い嘘だろう。
ならば、ついてはならない嘘とは、どんな嘘だろうか。
二つあると思う。
一つは、相手に害を与える嘘。
仲の良い友達双方の元に出向き、それぞれ相手のあることないこと吹き込む。
最初は、「そんなはずないよ」と取り合わなくても、心に小さな不信感の棘が生まれる。
すると、だんだんその棘が大きく育って、二人の親友の仲を裂く。
詐欺や、詐称もしてはならない嘘である。それは、相手からお金をせしめ、損害を与えるためにつく嘘だからである。
二つには、自分の保身のためにつく嘘。
一番つきやすいし、また誰かを傷つける訳でないから良心の呵責も感じない。
例えば、公金に手をつけ、バレないうちにコッソリ戻す。人の目を欺き、悪をなかったことにする。
本当はまずい事を知っていながら、結局言い出せなくて、最初から知らなかったことにする。口をつぐんでさえいれば身は安泰だ。
バレさえしなければ問題ない、そんな嘘の誘惑がゴロゴロしている。
さっさと告白すれば、たいしたことにならなかったのに、時間が経つほど大事になる。
ときに実害も広がる。
「誤魔化したい」
「今日だけ凌げれば良い。後のことは、後から考えれば良い」
そんな誘惑が至るところにあって、嘘つき道まっしぐらだ。
早くこの悪循環から抜け出したい。