今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

軍師

(写真:遠い機影)

■軍師って何する人

軍師と言えば、まずは孫氏。
あと、なんと言っても諸葛亮孔明。
日本なら、山本勘助、竹中半兵衛、黒田官兵衛、安国寺恵瓊や、あと本多正信などだろうか。
刀や槍を持って戦わないが、懐刀として殿様をサポートし、実戦部隊を指揮する。
そう、殿様のブレインと言ったところ。

■決断するのは殿様、戦うのは将軍

一国の軍隊の構成を考えてみる。
まず、トップは殿様である。
その下に何人かの将軍がいる。
将軍とは、実戦部隊の長である。
実際に戦場に赴き、本陣から戦局を見て、軍を指揮する。そして、時には自ら戦場に足を踏み入れ、先陣を切って兵士を鼓舞する。
そして、軍師は、殿様か、将軍の下について作戦の立案をする。
竹中半兵衛や黒田官兵衛は、木下藤吉郎(豊臣秀吉)直下の軍師であった。
織田軍のような、日本各地で戦局を展開するような軍ならば、各将軍子飼いの軍師を置いているのも納得できる。

■今なら作戦参謀

日露戦争の頃は、陸軍大将の大山巌の下に、児玉源太郎がいた。
作戦参謀である。
大山巌は、磊落な性格で大きなところだけ決めると、後は部下の児玉たちに任せていたと言う。
司馬遼太郎の小説には、児玉らが真剣に軍議をしているところにフラリと顔を出して「今日も戦争かね、御苦労、御苦労」と声をかけて行く、なんとも能天気な大山巌が描かれている。
有能な児玉源太郎が部下だったから任せておけたとも言えるが、何十万の兵士、ひいては一国の存亡に関わる戦局のことを部下に任せ切れる胆力には、ただ感心する。
児玉らにしても、あまり細かい指示をされずに、思う通り作戦の立案、実行をさせてくれる大山巌のような上司は有り難かったろう。
もちろん、児玉源太郎のような優秀な作戦参謀だから言えることである。

■企業なら・・・

戦の成否の責任は、最終的には将軍に問われることになる。
一国が傾けば、殿様も無事では済まない。
対して、軍師にもいろいろあって、山本勘助のように川中島の戦いで策が破れた時、壮絶な討ち死にをする人物もいる。
あるいは、策が破れても、戦に負けた責任は殿様と将軍様にあるとばかりに、他国に走るものもいる。
確かに、自分は策を授けているだけだからとも言えよう。ましてや、実際に刀や弓を取って戦場に立つ訳でない。極論を言えば、部隊を半分壊滅させても、勝ちを拾う作戦も立てられる。
しかし、有能な作戦参謀なら、殿様も将軍も頼りにすること一方ではなかろう。その一言一言が兵何万、何十万の命を左右する。いかに、参謀が最終決断をする立場でない、実際に戦う立場でないと言っても、そんな数の命を舌の上に乗せているのだ。普通の神経では務まらないだろう。
目を転じて、現代にこのような軍師、もしくは作戦参謀の立場を求めたらどうなるだろうか。
創業社長なら、殿様も大将軍も、さらに軍師まで務める。
それが、ある程度人が育ってくると、懐刀のナンバー2が軍師となるだろう。
歴史の長い企業なら、役員会や、外部のコンサルタント、シンクタンクと言ったところだろうか。
ならば、我々社員はどうなのだろう。
大将軍の下で作戦通りに働く戦闘員に徹するのか。
しかし、今は情報が制する時代。
現場で市場に向きあっている我々の情報の価値はどんどん上がっている。
その中で、上の舵取りに任せているだけでは、いずれ立ち行かなくなるのは目に見えている。
今流行りのビッグデータでも、末端の端末がある程度情報を選別し、まとめるからこそ、中央のコンピューターの処理精度が上がる。
現場の我々もビジネスの行く先を睨んだ情報の上げ方が重要になる。
かつては、殿様や大将軍の傍にのみ侍っていた軍師も、今は現場に偏在する。
我々一人一人がユビキタスな軍師なのだ。