今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

誰から見られても恥ずかしくない対応

(写真:京都市茶屋町 その1)

■なり切れない良い人

つい、イラっとすることがある。
後で相手が嫌な気持ちを残さないようにと、最初は丁寧な対応を心掛けようとする。
しかし、なかなか思うように意思は通らない。
何度同じことを伝えても、同じことを聞き直される。それで、少し言い方を変えてみるが、やはりうまく伝わらない。
だんだん疲れてくる。
そして、言い方もぞんざいになってくる。
ついには、「ええ加減にせえ!同じことばかり聞いてどうするんや!」となる。
それで、ハッと気がつくと、相手も、周りも完全に表情が強張っている。
いつも、丁寧な対応するよい人を演じていたいけど、人間が未熟だからすぐ化の皮が剥がれる。

■それは相手を見ているから

思うに任せない時、どうしてもイラっとする。上手く出来ない時に、おもちゃに当たる子供のようなものである。残念ながら、そこだけは一向に成長しない。
しかし、それを表に出すか出さないかは別。
顔に出したら、相手は嫌な気分を持って帰らなくてはならないだろう。
帰宅後、気持ちよく過ごそうと思っていたのに、こちらが言ったことがムカムカ思い出されて夜ご飯が不味くなるかも知れない。
でも、つい顔に気分を出せるのは、言いやすい相手だから。
なぜ、言いやすいか。
それは、相手が言い返さないからである。
すぐ感情的になったり、反対にやり込められる相手には、グッと我慢して感情を抑える。
例えば、怖い上司とか、気を貼るお客さんとか。
しかし、言い返さなかっただけで、相手が感情を害さなかったわけではない。やはり、こちらの言い方に傷ついて、嫌な感情を持ち帰るだろう。
自分より立場が弱い相手の感情に対しては、我々の思いは驚くほど希薄である。
だが、相手が言わない、いや、言えないことと、思わないことは別である。

■上司の前と思ったら

もし、後輩に対してひどいことを言っているところを、気の張る上司に見られたらどうだろうか。
「君、下の人にそんな酷い言い方はよくないんじゃないか。」
そう叱られるから、やはり自重するだろう。
イラっとして、自分の感情に負けそうになったら、気の張る怖い上司の前と思う。
上司の前で言えないことは、正しいことではない。
そして、相手も等しく自分と同じ感情を持つ人間と理解する。自分がされたくない対応は、相手もされたくはない。

■裏も見せ、表も見せて散る紅葉

「裏も見せ、表も見せて散る紅葉」
自分の都合の良い相手の前では、立派なしっかりした相手を一生懸命演じる。
しかし、四六時中それでは身が持たぬ、と、気を抜いて、人の見えないところでは自分の心に任せて行動する。
それが、人間の表と裏である。
対して、紅葉は裏も表も見せながら散ってゆく。
表は立派な人、でも裏の顔はなんか幻滅。
それで、身を誤る人が多い。
表の顔は、みんなから支持される人気者なのに、しかし裏では人に言えないようなことをしている。
そしてある時、その裏の顔が表沙汰になって、世間中が騒然となり、もう二度と浮かぶ瀬のない人をよく目にし、耳にする。
できれば紅葉のように、散りゆく日まで、表はもちろん、裏も人に見られて恥ずかしくないように生きたい。
だから、難しくても、誰に見られても恥ずかしくない対応を心掛けたく思う。