今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

まずは汗をかく

(写真:京都下京区 その2)

■松下幸之助氏曰く

前はよくいろんな会社の応接で見かけた、ある経営者の有名な言葉。

「知恵を出せ
知恵なきものは汗を出せ
汗を出さぬものは去れ」

我々のようなものは、ナルホドなあ、とただ感心して読むだけだが、かの松下幸之助氏は、この言葉を聞いて、一言。

「それじゃアカンわ。」

聞いた人が驚いて訳を尋ねると、

「まずは、汗を流すんや。全てはそれからや。」と答えたと聞く。

■知恵の真意

先の言葉を言った経営者は、どんな意図で口にしたのだろう。

高度成長期が終わり、そこかしこに旨味のある仕事が溢れている時代ではなくなった。
資本を投入して、人と設備を用意すれば、自然にお金を生む時代ではない。
まず、消費者の数が激減している。
マーケットが縮小しているから、わずかなパイを大勢で分け合って食べることになる。
以前は、マーケット参加者全員が腹一杯食べることができた。
しかし、今は均等に配分したら、全員が飢えて死ぬ。必然的に、他の参加者の取り分まで奪って、独り占めしなければ生きていくことはできない。
だから、体力のある会社は、資金にあかせて他社が入り込めない価格、サービス、仕組みを作る。それは、大きなパイの一切れ=シェアを手に入れるためである。
あるいは、今までにない新たな食い扶持を探し求める。
例えば、パソコンで育った我々世代からすれば、ソフトは有料が当たり前。
しかし、今のスマホのアプリは大半が無料。開発費の回収は広告収入で行う。
このように、様々な食い扶持を求めて必死に頑張らねばならない時代、知恵を出さねば生きていけない。

■知恵の真意 その2

また、急速に進むデジタル化が、マーケットのルールを変え始めている。
一番分かりやすいのが、アマゾンに代表されるeコマースの台頭。
もちろん物流の仕組みは必要だが、流通させる実店舗は必要でない。
少し前は、大量仕入れ、大量販売の大型店が流通の勝者であったが、最近の消費者は、実店舗でショールーミングをすると同時に、ネットで最安値を検索する。
すると実店舗を構えているだけ、ネット通販に対して価格面で劣勢に立たされる。
そのマーケットでは、最近東急ハンズがやっているような、実店舗で見せて、自社の通販サイトに誘導するビジネスモデルが必要になる。
つまり、実店舗の手に取って選ぶ楽しみと、ネット通販の手軽さ、価格メリットの融合である。
「頭を使え」
知恵をだせば、大資本のマーケットのルールも書き換えられるし、知恵を出さなければ、立派な箱物も無用の長物になる時代なのである。

■それじゃアカンの意味

なら、これからますます知恵は大事ではないか。
そんな何十年も前の松下さんの時代とは、今は違うのだ、と言いたくなる。
しかし、よく考えてみると「知恵を出せ」の問題点は、言葉自体ではなく、聞く自分たちにあるように思う。

「汗を出す」と聞くと、前時代的なブルーカラーを思い浮かべる。
また前は、肉体労働と頭脳労働と言う二局で語られた。肉体労働をする人でなく、頭脳労働をする人になりなさい、と勧められもした。
しかし、今自分は形の上ではホワイトカラーだが、そんなブルーカラーとホワイトカラーの区分に何の意味もないことを知っている。
昔は、確かに工場のラインで同じ動作を繰り返す単純労働に従事する人はいただろう。
しかし、そんな職種はもう全て機械に取って替わられている。
工場にしろ、物流にしろ、対面販売にしろ、看護、介護にしろ、頭を使わない仕事は絶無である。
あとは、現場か、オフィスかの違いでしかない。しかも、オフィスにずっと居られるのは、経理課くらいでしかないだろう。
だから、実際は、現場で汗を流すことと、頭を使って仕事をすることを分けて考えることはできない。
だが、「知恵を出せ、でなければ汗を出せ」言うと、「汗をかきたくなかったら、頭を使え」と聞こえるのでないか。
しかし、実践と知恵は車輪の両輪である。
人間は体験以上のことは思いつかない。
何も情報がなければ、知恵を出そうにもそこからは何も生まれない。
だから「まずは、汗を流す」。
汗を流すのは、体験という情報を入手して、知恵を出すためだから。