今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

本当に安泰なのは、人生を安泰と思わない人だけ

(写真:駅と夏雲 その1)

■レッドポイント

シンガポールについて、詳しくレクチャーを受ける機会があった。

シンガポール、マレー半島の先端に、ポツンと位置する小国。
その面積は、愛知県の7分の1、豊田市よりも小さい。そこは、一つの島にできた国である。地図の上で見れば、マレーシアの隣の小さな赤い点でしかない。
そこが、今世界から注目される重要な経済の拠点となっている。
そして、レッドポイントと呼ばれる。

この国が成立したのは、今からまだ50年前に過ぎない。このわずか半世紀の間に、日本人より所得の高い、アジア一豊かな国に発展した。
しかし、その出発は苦難に満ちたものであった。

■シンガポールの苦難の歴史

50年前に国が成立したと言ったが、実情はマレーシアから切り捨てられた地域であった。
シンガポールは、中国人移民、すなわち華僑の国である。
中国の農家は長子相続である。そして、行き場がなくなった次男坊、三男坊は当時オランダが経営していた、すずの炭鉱に仕事を求めて東南アジアに大量移植をする。
シンガポールは、彼らの末裔の地域なのだ。
そのシンガポールを、50年前マレーシアは、半ば自分の国から追い出す形で地域ごと切り捨てた。
さて、切り捨てられたシンガポールの人たちの危機感は大変なものであった。
土地も狭い、人間も少ない、飲料水ですら、マレーシアからのパイプに頼っている状態である。
「我々は、このままでは世界の乞食になる。」
「せめて、ミャンマーの首都ヤンゴン(当時)くらいにはなりたい。」
そうして、ヤンゴンを目標に国づくりが始まったのである。

■躍進

シンガポールで驚くのは、どの年代の人も、中国語、英語、マレーシア語を自由に操ると言うこと。どんなお年寄りでも、中国語や英語を自在に使ってコミュニケーションする。
母国語以外はサッパリの日本人が行くと大変な劣等感を覚えると言う。
「へえ、凄いですね。」と感心すると、「当たり前です。これくらいできなければ、とても生きてはいけません。」とことも無げに言われる。
50年前から、この国の人たちはそれくらい必死で頑張ってきた。

それに、この国の法律はとにかく厳しい。道端にゴミを捨てたら罰金、タバコを捨てたら罰金、チューインガムを捨てたら罰金。
そもそもチューインガムすら売っていない。
それくらい、街の美化と治安を徹底的に維持した。それを見て、安心して外国の資本や観光客がやってくる。
かくして、シンガポールは経済の中心として、世界中から羨望される大発展を遂げたのである。

■本当に安泰なのは、人生を安泰と思わない人だけ

翻って、今の日本を見ると忸怩たる思いがする。
確かに、戦後日本はかつてのシンガポール以上の悲惨な状態から、奇跡の経済復興を遂げた。そして、さらなる発展を志すアジア諸国から模範とされている。
しかし、80年代のバブル期に全盛を迎えた日本経済は、失われた20年と言う言葉に象徴されるように、今日まで低迷を続けている。
それは、少子高齢化による社会保障費の増大や、マーケットの縮小。そして、人件費の高騰により、海外に安い労働を求めて産業界が空洞化する、いわゆる先進国病が原因と言えるだろう。
しかし我々世代が、ジャパンアズナンバーワンの成功神話にしがみついて、今の繁栄に慣らされ、努力を忘れてしまったのが本当の原因ではなかろうか。
今の日本人が怠惰だと思わない。
僕らは、毎日必死で働いている。
日本人が勤勉であり、優秀なことは変わらない。
だが、かつての日本の発展を成し遂げた親世代の余禄で食べている感は拭えない。
ましてや、昨今は日本のホワイトカラーの生産性は欧米の半分以下と言われる始末。
なら一体何が悪いのか?
やはりそれは、かつての危機感が失われたことが原因だと思う。
例えば、日本のテレビ産業やシロモノ家電が、アジア諸国の追い上げで一気に左前になった。それは、日本品質と言う言葉に溺れて、周辺国の懸命の努力を無視してきたからではないか。
最近やたら、日本人が日本人を励ます報道を目にするが、それを自国のプライドを鼓舞していると見るか、あるいは、まだジャパンアズナンバーワンのプライドにしがみついて仮初めの安心を求めようとしていると見るか。判断が難しいところである。
安心、安泰を求めるのは、人間の常である。しかし、その余り危機に目をふさいで仮初めの精神的安泰を求めようとしているのではないか。
危機をバネに大躍進したシンガポールと、経済発展の成功体験に溺れて低迷を続ける日本。
「本当に安泰なのは、人生を安泰と思わない人だけ」
我々の人生に引き当てても、身につまされる二国の明暗である。