今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

伴走者

(写真:あさがお)

■告白

正直に告白すると、自分は意思決定が苦手である。
「あなた、何がしたいのですか?」
こう聞かれるのが一番苦手である。
通常の仕事ならば、相手がいる。
そして、その相手は意思を持っている。
「こんなものが欲しい」
「こんなものを実現して欲しい」
それがどんなに漠然としていて、なおかつ困難を極めるものであっても、相手の意思がはっきりしていれば、なんとか組み立てるのはさほど難しくはない。

■意思決定を委ねる

まず、大きなところから決めて、相手の意思と一致していることを確認する。
そこで、間違っているとか、正しいとか、意思決定を貰える。逆に意思決定が貰えなければ、こちらも進むことはできない。
なぜなら、相手自身の意思であるし、そこをこちらがリスクを取って意思決定をする訳にはいかない。

そもそも、実際の顧客がある商談とは、顧客自身のお金をどう使おうか、顧客自身に意思決定をして貰うものである。
その意思決定により、顧客自身損をしようが、得になろうが、相手持ちである。
そのような、リスクを顧客自身に負って貰うのが商談の本質だと思うし、だからこそ、自分のようなものでも相手が務まる。

■決定者と伴走者

こう考えて来ると、自分の立ち位置のようなものが見えてくる。
すなわち、意思を決定する人間がいて、その伴走者としての立場である。
決定者は自分の意思決定と、それによる結果に対して責任を持つ。
分かりやすく言えば、この責任能力こそが、決定者の最大の武器であり、リソースなのだ。

対して、自分のリソースは、智力、体力である。意思決定者が、決定の責任を負担してくれるから、後はその意向に沿って組み立てさえすれば良い。
ゴールはハッキリしている。
また、適宜判断も貰える。
そこに到達するための道のりは、多少険しくとも、ステップに分解して、後は実行するのみ。そして、その為の労苦も厭わない。
だから、伴走者としてのパフォーマンスが一番高い。
ただ、意思決定者になれないから、決定する人間がいないと動くことはできない。

■伴走者としての責任

反面、それでは限界も感じる。
選択肢が多い現代、いわば、選択競争とも言える。
昨日までのことがアッと言う間に陳腐化する。適宜に選択をし続けなければ、アッと言う間におきざられる。
しかし、選択とは意思決定である。選択肢が多い分、常に意思決定をし続ける必要がある。そして、その意思決定の結果は自分持ちである。
その精神的負担に耐えかねて、意思決定できない人が増えていくのでないか。例えば、保険にしろ、携帯の契約にしろ、プランが乱立して、素人では正しい選択ができなくなっている。事業計画や、ビジネスプランのようなものは大きな責任が発生する分、なおさら意思決定がし辛い。
だが、選択と意思決定をしないのは、時間とともにリスクを膨らませることになる。
その中、ソムリエ、コンサルタントと言った機能が登場し、もてはやされる。
そして、それらは選択や意思決定を助ける立場である。
しかし、現場に立って実行力もある我々業者が、彼らの後塵を拝するばかりでは情けない。伴走者を自負する以上、選択や意思決定の場にも同席し、決定者を助ける役目も果たしたい。
意思決定への助言と、意思決定後の実行、この二つが相まって真の伴走者足りうると思う。
もっと技量と、知識を磨きたい。