今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

人生の果実

(写真:雲の通い路 その2)

■10代、20代、30代

露出趣味はないけれど、今までの人生を振り返ってみたいと思う。

10代の自分は、積極的に何かをするわけでもなく、学校と家の往復で過ごしていた。
運動も、勉強も、友達付き合いも、遊びも中途半端で、人生の一番大切な時期に蓄積をして来なかった。
親もそんな自分に余りうるさく言わなかったから、それを良いことにフワフワと過ごしていた。いわば、人生のまどろみが人より長く続いていた。

しかし、20代を目前にして大きな変化があった。
学校以外は半引きこもりだった自分が、無理やり世間に引き出された。
今まで親の庇護のもとヌクヌクしていた自分には苦痛もあったが、おかげで、なんとか世間にハードランディングできた。
そして、苦労しながらも就職。
いまだに、よく勤まっていたものだと思う。
まどろみからたたき起こされて、右も左も分からぬまま、フラフラと歩き始めたのが20代。

20代を通じて、少しづつ勝手が分かって来たのか、かなり活動的に動けたのが30代。
結婚もしたし、少し規模の大きな仕事もした。
でも、おかげでかなり傍若無人に振る舞ったのが原因で痛い目にもあった。しかし、若くて力もあり、先頭切っている時は気にもならなかった。

■40代、そして50代

しかし、40代では我慢を覚えさせられた。
仕事は、特定の誰かが頑張るのではなく、皆んなで力を合わせてやりなさいと諭された。
自儘にやっていられれば気を使わなくて良いし、楽である。
自己満足を批判されることもない。
だが、これから伸びてくる後輩とシェアするから、お互いの仕事のやり方の違いで意見が対立する。
自儘に慣らされた自分は、そのたびに歯噛みして悔しがったが、理は向こうにある。
自分が通しているのは単なる我儘なのだ。
自分の心を見つめ、相手の気持ちを察し、譲ること、人のために働く時の心がけを学んだ。
また、子供が生まれると、自分の稼いだお金は、もう家族のお金となる。
自分の思うままにはならない。
そうやって我慢を学んだ40代であった。

そして、これから始まる50代。
どんな生き方をしようか、どんな人生にしようか。
自分は、今までの積み上げが薄いから、まだ人生の収穫期を迎えるには程遠い。
例えば、10年後(生きていられたらだが)きちんと人生の収穫を迎えられるように、この10年準備がしたい。
40代で我慢を学ぶと同時に、その中少しは攻めていく方法も学んだ。自分の人生は自分で動かせることを学んだ。
50代はまさに岐路だと思う。
次世代に主役を譲って、退職の日まで時間をかけてソフトランディングをしていく生き方。
あるいは、30代、40代で培ったものをベースに更に人生を伸ばしていく生き方。
40代まで、キチンと積み上げた人は良いだろう。しかし、そんなものを持たない自分は、攻めていく生き方しかない。

■60代、70代、そして80代

後は、全て生きていられたらの話。
60代は、50代に蒔いた種の収穫をしたい。
金銭的なものとは限らない。
お客さんとのつながりかもしれない。仕事以外の関係も築きたい。家族、兄弟、そして友人知人との絆を深めたい。
そんな輪の中で楽しく生きられたら良い。

70代は、人生のステージが変わる。
今の70代はまだまだ若い。
第一線にいて、「えっ、あの人、もう70過ぎ」とビックリする人がいる。この間、70過ぎまで現役のボートレース選手がいて驚いた。
そのように見られる人になりたい。第二の青春である。

80代は、「その歳でよくやるな」と言われるようになりたい。
やれやれ肩の荷を降ろせた、と言うことがない。
生涯挑戦の人生でありたい。