今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

どでかい未来

(写真:雲湧きいづる)

■悲観的未来

人間は、何の為に生きているか。
それは、誰に聞くまでもなく、結論が出ている。
すなわち、「幸福になるため」である。
そのために、朝から晩まで活動をする。
仕事も、娯楽も、健康管理も、社会奉仕も全てこの為にある。
政治も、経済も、科学も、医学も、人間の仕事を奪うと懸念されているITやロボットも、スポーツや芸術も全て、人類の幸福を成し遂げる為に存在している。
これは、太古の昔から変わらない。そして、人類が存続する限り変わることはないだろう。

しかし、SFや経済学者、科学者達の影響か、我々が描くこれからの未来にはあまり明るいイメージはない。
医学の進歩で長寿社会を実現したが、介護が必要な高齢者ばかり増えて、社会保障のための歳出は膨らむばかり。
これでは、社会全体が共倒れだと危惧される。

化石エネルギーの効率的利用により、人類は飢えや、寒さ、そして夜の闇から解放されたが、その過程で放出されたCO2が地球環球を悪化させ、人類の存続すら脅かす。
代わりに登場した原子力発電は、有限な化石エネルギーを補って、CO2も排出しない。
それで、誰もが明るい未来を描き始めた時、放射能事故を起こして、我々人類を芯から怯えさせた。

コンピューターの進化は、人類の事務処理の効率を飛躍的に伸ばした。
CPUの性能は倍々で向上し、昔のスーパーコンピューターを、いまや誰もが手のひらに持っている時代。
しかし、コンピューターの進化は止まらず、人間の何億倍の速度で、自分で考えて、自分で判断するコンピューターも現れると予測されている。
全てがネットワークでコンピューターに従属している時代、彼が本気になれば、人類など瞬時に消されてしまうだろうと警告をする人もいる。

■人類の成し遂げたこと

そんな悲観的な未来図を我々は描いている。
しかし、不思議なのは、進歩の過程で努力した科学者も、医者も、政治家も、経済学者も人類の幸福を願わなかった人はないはずだ。
なのに、結果は幸福どころか、不幸の種を蒔いてきたとしか思えない。

だが、それは本当か、きちんと検証してみる必要がある。
ある統計学者が面白い調査をした。
どうやって調べたかは分からないが、近代以前から、人が人を殺す数の推移を調査したのだ。
人が人を殺すと聞くと、第二次大戦に象徴されるような殺伐とした近代戦を思い浮かべる。
飛行機でサーッと飛んで行って、上空から原子爆弾を投下する。ピカドン一発で、何十万人が灰になる。
そう考えれば、20世紀こそ、人が人をもっとも多く殺した世紀にならないか。
そして、その規模は世紀を追って拡大し、ついには人類総殲滅戦に突入するのではないか。
みな、そう懸念する。

だが、豈図らんや。
統計によれば、人が人を殺す数は世紀を追って減っているのだ。
特に、産業革命以降激減した。
そして、二つの世界大戦を経験した20世紀にして、19世紀よりも減っているのだ。
さらに、地域扮装や、テロが拡大している21世紀でも減り続けている。

我々は、産業革命以前というと、童話の中の牧歌的世界を思い浮かべる。
マシンガンも、戦車も、爆弾もない世界。
そこで、20世紀を遥かに超える殺戮が行われていたとは考え難い。
しかし、よく童話も読み込んでみると、お話の中の王様は頻繁に隣国と戦争をしている。
そして、日常的に滅ぼしたり、滅ぼされたりをしている。
現代では、戦争は平和な日常の中の非日常と認識されている。しかし、昔は戦争こそが普通の日常だったと考えれば得心がいく。
実際、戦国時代は、農民も普通に戦闘部隊に組み入れられて、農繁期は稲作、それ以外は戦争を年中行事のように繰り返していた。
むしろ、織田信長のように専門の戦闘部隊を持っている方が当時としては異色だった。
そして、戦争の帰結は、皆殺しの殲滅戦である。

それだけ、昔は生きていくための糧が限られ、自分たちが腹一杯食べるには、相手を殺して口を減らす必要があったのだろう。
しかし、産業革命以降、ある程度潤沢に食べ物が行き渡るようになると、初めて共存の選択肢が出て来る。
半分は自分の推測だが、人が人を殺さなくなった理由としてこんなところが原因の一つと思われる。

■未来につなぐ

人が人を殺さなくなった。
戦争が非日常になった。
一部の支配層だけでなく、全ての人間に生きる権利が保証された。
大国(勝者)の都合で、小国(敗者)を蹂躙することが許されなくなった。
我々の生活環境から、生存を脅かすようなリスクが排除された。
不幸にして、生存が厳しくなった人を社会全体で扶助する意識が確立した。

思えば、これらは我々人類の先人たちが成し遂げた偉業である。
だが、目の前を見れば、相も変わらずリスクや問題は山積みである。
しかも、それは我々が過去進歩の名の下に排出した負の遺産が殆どである。
例えば、テロの連鎖。
公害、環境汚染。
世界大戦。
核。
地球温暖化。
核廃棄物。
人口爆発。
高齢化社会。
饑餓、貧困。
格差。

しかし、大局から見た史観では、間違いなく人類は良くなっている。
子供たちには、どでかい未来が待っている。
ただ、我々が有しているものは、少し使い方を間違えると、地球規模の被害を生み出すものが多い。
我々大人が、それに対する正しい付き合い方を学んで、未来に繋ぐのは、子供たちに対する責任である。