今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

自分のしたいようではなく、相手のして欲しいようにする

(写真:赤電車)

■挨拶一つ、打ち合わせの開始一つ

朝、顔を合わせても、なんとなくムスッ。
挨拶も交わさない。

朝の挨拶一つ、それが億劫。
確かに、朝の回転数が上がる前に、にっこり笑って「おはようございます」と言うのは、少々エネルギーが要る。

だからと言って、このプロセスを省くと、妙に気まずい雰囲気が流れて、変に気を使わなくてはならない。
「愛想のないやつと思われていないだろうか」
「いや、愛想のないのは向こうの方だ」
「そうだ、向こうから、挨拶をしてくるべきだ」

いつの間にか、相手を責めたい気持ちまで沸騰してきて、1日で消費するエネルギーは測り知れない。
ああ、こんなことなら、朝に気持ち良く挨拶をしておけば良かった。

あと、時間を決めて開始するはずのミーティング。
会議室に資料を配り、準備を整えてあるのに、誰も集まって来ない。
気になって、事務所を覗くと、みんな会議のことなど意に介さず、電話をしたり、事務作業に夢中になっている。
「なんだ、こっちは待ってやっているのに」
腹が立って、そのまま会議室にこもり、10分後、バラバラと参加者たちが集まってくる。
そして、一言。
「なんだ、時間なら声をかけてくれよ。」
「は?」
なんて、やり取りをすると、最初から雰囲気がギクシャクする。
ミーティングの開始は遅れるし、雰囲気は気まずいし、でロクなことはない。

■初動が大切

これは偏に初動の問題。
最初の簡単なプロセスを省くと、後に何倍もつけが回る。

確かに、朝一番や、ミーティング前の回転数が上がらない時は、ちょっとした所作が面倒臭い。
勢い、少しでもプロセスを省こうとする。
だから、挨拶一つ、打ち合わせ前の声かけ一つ、省略しようとする。
そして、怠慢の言い訳は、「そこは、相手が気を使って然るべき」である。

しかし、初動からつまずくと、後から消費しなければならないエネルギーは測り知れない。
よく、大災害が起きた時、当時の首相の初動が問題になる。
ゴルフのプレーを継続していたとか、面倒臭そうな対応をしたとか。
で、どうなったか。
結局、政権に致命的な打撃を与えてしまっている。

だけど、何の心に準備もない時に、いきなり対応を求められるから、どうしてもその人の素がでる。
公職では良いことを言っていても、いきなり問題の渦中に投げ込まれると、気持ちが追いつかずに本音を言ってしまう。
だから、首相のような皆んなに注視される立場は、本当にたいへんだと思う。
同じ人間だから、油断もあるだろう。しかし、少しの油断が初動を誤らせ、大きな結果につながるから、気が休まらないし、誰でも務まる訳ではない。

■心の向きを変える

朝の挨拶ができない。
ミーティング前の声かけができない。
それは、心の向きの問題だと思う。

つまり、「自分のしたいようにする」か、あるいは「相手のして欲しいようにする」か。
それは、人間には欲があるから、自分のしたいようにするのが一番自然だし、無理もない。
しかし拙い点は、相手の行動について、期待するしかないこと。

人間は、一人で生きているのでない。
相手があって、しかも、こちらの望む通り行動してくれて、初めて物事が動く。
朝の挨拶一つにしても、どちらかが先に声を出さなければ始まらない。
もしお互いが、相手に期待しているばかりだったら、どうだろうか。
間違いなく、挨拶は交わされることはない。

そんな時は、心の向きを変えてみる。
今、「自分が何をしたいか」ではなく、「相手が何をして貰いたいか」を考える。

向こうから挨拶をして貰いたがっているのは、相手も同じはず。ならば、こちらから、その望み通りに動く。
ミーティングの開始を誰かが声をかけて回らねばならない。でも、皆んなそれが億劫で、誰かがやってくれるのを期待している。
ならば、自分が最初に腰を上げる。
相手のして貰いたいようにする。

その心の向きは、大事だと思う。
そして、いつも反省点である。
でも、一国の首相ですら間違えるのだから、いつも失敗しては覚えるしかない。