今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

言ったもん勝ち、やったもん勝ち

(写真:夏の畑にて)

■節操なしの、おっちょこちょい

「あの人、また自分がやるって言ってましたよ。」
「またか。アイツ、何でも手を上げるなあ。」

この会話で、アイツと呆れられているのは、自分。
自分のキャパやスキルを考えずに、とりあえず手を上げる。

また、依頼をされて断ることもあまりない。
昔は、「いいところを見せたいだけの自己顕示欲の塊」と、自分を反省していたが、どうやらそれだけでもないらしい。
頼まれた時、理由をつけて断ると、しばらく味気ない思いがする。
どうやら生来の性質らしい。

そんな自分は、周りから、さぞ節操なしのおっちょこちょいに見えているはず。

■上げた手は簡単に下げられない

問いかけに対して、誰も手を上げないと、「じゃ、俺が」とやっちまうのは、治らない病気だと思う。
それでも、自分でなくても結果を出せることなら、チャンスを後輩に譲ることも大切な仕事と心得て我慢している。

しかし、「やっかいだなあと思う」と、ついつい「俺が」をやっちまう。
当然、気の利いた人がいるとたしなめられ、「それは君の仕事じゃない」と手を下ろすよう促してもくれる。
それで、本心は「やれやれ」と思っているから、みっともない。

反対に、「じゃ、頼む」と言われたら、そこからは絶対手を下せない。
難しかろうが、何だろうが、とにかく何とかするか、もう絶対不可能を証明するか、そこまではやりぬくしかない。

■はいを言う人は予期せぬ体験を手に入れる、いいえを言う人は安全を手に入れる

「はい」は言ったものの、難しい課題がドンドン山積みとなる。
一つなんとかしたら、次の問題が発生する。それもなんとかしたら、また次の次の問題、と際限がない。
後から思い返したら、「よくこの状況でやっていたものだなあ」と自分で感心するかも知れない。

ただ、最後までやり切っても、途中で頓挫して怒られても、そこまで苦労してやったことは他でもない、自分の財産。
いくら、きれいにドキュメント化しても、決して人の財産にはならない。
確かに、知識、ノウハウは共有できるが、問題解決の思考パターンとか、あるいはやり切った自信とかは共有できない。
ここだけは、おっちょこちょいであることの効用と心得ている。

「はい」を言う、手を上げる。
「いいえ」を言えば苦労もしないし、自信のないことならそうすべきである。人にも迷惑をかけないし、第一安全である。
でも、あえて「はい」を言う。おっちょこちょいでも手を上げる。
それで、自分を窮地に追い込む。
どうしても、前に進まざるを得ない状況を作る。
そして、多くのチャンスと体験を手に入れ、成長をする。
賛否はあるにせよ、これが、おっちょこちょいの効用である。