今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

ハラキリ仕事

(写真:夕空 その2)

《昔の武士はたいへんだった》

昔の武士はたいへんだった。
いかに泰平の世が続いたとは言え、腰には刀を二本挿して、不始末があればそれで腹を切らなくてはならなかった。
今は、いくら不祥事を起こしても、会社を懲戒解雇になるくらい、あるいは警察に捕まって臭い飯(今でも?)を食うくらい。
命に変えてお詫びなんてまずない。

もちろん、今でもお客さんに多大な迷惑をかけたからと、支店長のような中間管理職が自殺することがある。(なぜか、トップはしない)
そんな時、物凄い悲壮感が漂う訳だけど、昔のサラリーマン(武士は録を食んでいるからサラリーマン)はそんなのが普通。

お役目で失敗をした、お披露目の場で主君に恥をかかせた。そんな時、すぐに腹を切っちゃう。もちろん、昔だって命を粗末にしないだろうから、そうスパスパッとはやらないだろうけど、なんか大きな不祥事を起こすと「ああ、これでもう死ななきゃならないのか」となるから、物凄いプレッシャー。
昔のサラリーマンはホントにたいへんだった訳。

《今にもあるハラキリ仕事》

しかし、今でも切腹まではしないけど、ハラキリ覚悟の仕事は存在する。

昔から言われているのが、「仲人はハラキリ仕事」。
昔は男女の結婚と言うより、家と家の結婚と言う意味合いが大きかったから、間に人が入って取り持った。
いわゆる仲人さんは家と家をくっつけることに全責任があった。
取り持った夫や妻が問題を起こせば、相手の家から怒鳴り込まれる。
うちの息子の、娘の人生をどうしてくれるんだ!我が家の対面をどう責任を取るんだ!
だから、昔は仲人をするのは余程奇特な人か、頼まれて仕方なくする人くらいだった。
仲人で実際ハラキリをした人は知らないけど、とても責任の重い仕事だったし、一生その夫婦に責任を感じて生きなきゃならない。

お医者さんも、人の人生を左右するとても重い仕事。
対して、見積書の桁を間違えて、しょっ中上司から怒られている僕らは極めて気楽な仕事。
外科医なんか、ある意味ハラキリ仕事だけど(別の意味で)、処置を間違えて助かる命をむざむざ殺してしまうことだってある。僕らの仕事している感覚で、つい太い血管なんか傷つけたら出血多量で助からない。
一生懸命処置しても、隠れた癌を見過ごせば、医療過誤で訴えられたり、病院が損害賠償を請求されたりする。
そんな綱渡りの仕事を夜も寝ないでやっている訳なんだけど、「医者は100人殺して一人前」とも言われているし、だんだん慣れてくるものなのかな。

あるいは、IT大手ベンダーが銀行のシステムを請け負った時、途中で頓挫したりすると開発費の返還を求められたり、甚だしい場合は無駄な構築に付き合わせやがってと損害賠償まで請求される。
その間動くのが、何十億円という金額で、普通の社員の生涯年収の何十倍。もし、自分がプロジェクトマネージャーで、会社にそんな損害を与えたら、どうひっくり返っても責任を取れない。
これも、ハラキリ覚悟ができなければとてもできない仕事。

《ハラキリの覚悟がなけりゃ本当の仕事はできない》

でも、大なり小なり、どんな仕事にも責任は発生する。ただ、あまりに重い責任はご辞退したい。
なるべく上に言われる通りに仕事して、良いも悪いもそっち持ち。僕は上の指示に従っただけです、と言えるのが平穏無事の秘訣。

でも、そんな感じでお互いに責任から逃げて回ったら、果たして会社はどうなる?
怖くて誰も「はい!僕やります。」と手を上げなくなる。
だから、やっぱり、ハラキリ覚悟をする人間は必要なんだな。

たまたま自分の口にしたアイディアに皆んなが飛びついて、企画がどんどん立ち上がって、予算もついて、「はい!責任者君ね!」
もう逃げられない。
周りは、「良かったじゃないか。大抜擢だぞお。」とポンポン肩を叩いてくる。
確かに、恵まれていると思うけど、会社にこんな金を使わせて、上手く軌道に乗らなかったらハラキリだぞ〜。

いつかの「たれパンダ」のように、新人さんの企画が一躍脚光を浴びたりすると、僕らも二匹目のドジョウを探したくなる。
でも、あの新人の女の子、当時は凄いプレッシャーだったろうな。

まあ、ハラキリはそれ以上にない責任の取り方な訳だし、今なら首になるのがせいぜい。
だったら、「どうせ失敗してもワシが腹を切れば済む」くらいに開き直っちゃったら強いかも。
だから、ホントの仕事ができる人間はハラキリ覚悟で腹が据わっている人間じゃなかろうか。