今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

ちゃんと見られているよ

(写真:ガントリーロード)

《試食の作法》

最近はかなり少なくなりましたが、観光地に行くと、試食のできる土産もの屋が軒を並べているところがあります。
「うっわあ!」
テンションが上がって、試食に走り回ろうとすると、家内が服を掴んでたしなめます。
「買う気もないのに、試食したらダメ」

確かに。
お店の人は、味わって、気に入って、そして買って貰うために試食コーナーを作っているのです。
買う気もなく、ただ食欲を満たしたいだけの人はお呼びじゃありませんね。

だけど、言わばそれは僕ら、ただで食べられる権利を認めて貰ったようなものでしょ。
ならば、思いっきり権利を行使しなければ。

いや、そうやって権利を振り回す人間が一番困るのです。
権利もいいけど、やはり良識がが無けりゃね。

《見られていないようで、見られているよ》

市内では、路駐はまずありえません。少し道路脇に停めていただけで、たちまち警察が取締りに来ます。
だからと言って、街中の駐車場はもの凄く高く、すぐ何千円も支払いが発生します。
そんな時、取締り対象外の場所は非常に助かります。仲間内でも、「あそこは停めらるぞ」と情報が出回ります。
そして、その一箇所が民営化前の郵便局の駐車場でした。
平日に停めると流石に怒られますが、郵便局が休みの日は停め放題。
たいへん重宝していました。

ところが、ある時、年配のご婦人に呼び止められて怒られたことがあります。
「私、ここの地主だけど、勝手に停められると困るのよね。郵便局は構わないかも知れないけど、休みに車を停められると陰で小便をする人がいるのよ。
車乗る人はみんな紳士じゃないの?だったら、そんなことしないわよね。」

文句を言われないからと、いい気になって、自分勝手に権利を振り回す・・・人の気持ちに疎い、良識知らずの人間だったなあ。
本当に恥ずかしくてたまりませんでした。

私たちは、自分勝手に、自分だけは許されていると思い込んでいますが、見ている人はチャンと見ているのです。
「なんと、身勝手で、おかしな事をしている人間だろう。」と。

《相手の気持に沿った行動を》

いろいろ若気の至りを経験して、流石に試食では気を使うようになりました。
試食コーナーで手を伸ばそうと思った瞬間、家内の「買う気もないのに、試食したらダメ」が聞こえるのです。
だから、余程勧めて貰えるとき以外は手を出さないように気をつけています。

試食コーナー然り、付け合わせの生姜や福神漬け然り、主催者の心遣いの食べ放題、飲み放題然り。
一般に解放されている駐車場然り。
公共スペース然り。

ただで利用できる。利用を許可して貰っている。
お金がかからない。
そうすると、特別に許して貰っていることを、身勝手な権利と取り違え、ついつい行動がエスカレートしていきます。
ついには、「目に余る」とよく高校生が街のセンターに出入り禁止になっています。

同じように自分の気の抜けた、良識知らずの言動もちゃんと見られていると思うべきでしょうね。
自分たちにいろいろなことを許容してくれている相手の気持ちを考えて、その心に沿った行動をしなければなりません。
反省です。