今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

不器用ものの進化論

(写真:水彩画展 その2)

《鈍臭いと言われ続けた人生》

私は、生来の不器用もので、昔で言うところの「どん臭い」人間です。
スポーツは駄目、キャッチボールをすれば、顔で受ける始末。
ボーリングをすれば、玉の穴が指から抜けず、しばらく指と一緒に玉が宙を舞い、おもむろにドスンと落ちる。それから、回転せずにレーンをツーッと滑っていく。
大学の頃、体育の授業がバレーで、あまりのへたっぴさに、「君、まさかバレーをやったことがないの?」と言われてショックを受けました。

これは運動に限らず、バイト先でもどん臭いと随分叱られましたし、対人関係でも、意思の疎通がうまくいかずに困ってばかりいます。
ドキュメントを作れば、どうして普通の感性で作れないかと叱られます。

自意識過剰な人間は、いきなり人の顔を見て笑い出す始末。
「今日は、何してくれるの〜。」といったもんです。
望まないまま、子供の頃からいじり倒されてきたものだから、すっかりいじられ嫌いになりました。
ネタにされて、一緒に笑えるようになったのは、やっと最近のことです。
人のことを自意識過剰と書きましたが、結局自分の自意識も相当なもんです。

最近でも、「人間的に不器用」と言われています。
でも、別に不器用でもいいじゃん。

《でも、それだけじゃ終わらせなかった人生》

そんな自分を自分で慰めでいた言葉は、「人は4速、俺はローギア」。
4速とは、昔のミッション車で言うところの時速40㎞以上での走行モードです。ギア比が高いので、少ない燃料で遠くまで走れます。
対して、急坂や悪路のようなパワーの必要な場面では、ローギアでなければエンストします。ギア比が低くて燃費効率が悪い分、パワーが出るので45度の急坂でもグイグイ上がることができます。

自分は、普通の人が普通にやって、普通に結果が出せるところでは、人一倍時間がかかるので燃費効率は悪いかも知れないけど、人が駄目だと投げ出すシーンでは着実に進んで結果を出すことができる。
そして、それがいつの間にか、自分のモチベーションになっていました。
だから、あえて人が頭を抱えるようなことに取り組んで、結果今の評価に繋がっているのだと思います。

《一度目はボロボロ、二度目は人並み、三度目は・・・》

世に一流と言われる人がいます。
そして、その人たちがよく口にすることがあります。
「不器用は素晴らしい。不器用だからこそ深い。」

不器用な人間は、器用な人間が1でこなせることに10も20もかけてしまいます。今風に言えば、コスパが悪いこと甚だしい。
数字が問われる会社社会では困り者ですが、遠回りした分、いろんなところを見て、いろんなことを考えて、いろんなことを試しています。

釈迦の弟子の一人シュリハンドクは、生来の愚かものでした。そのシュリハンドクがお釈迦さまの指導で、20年間掃除三昧に励んだ結果、「ゴミはあると思っているところにあるばかりでなく、意外な場所に落ちているものだ。俺は自分のことを馬鹿だと思っていたが、自分の知らないところでどれだけ馬鹿なところがあるか分かったものでない。」と知らされ、高い悟りを開いたと言います。
愚かなシュリハンドクは、掃除のように人が簡単にこなせる仕事すら満足にできなかったのですが、それに腐らずできるまで続けた結果が、たいへんな果報をもたらしたのです。

「自分は、人一倍不器用だから、人の二倍、いや三倍頑張ろう。」
そんな、不器用な自分に負けないように、自分を奮い立たせたモチベーションが、最後その道の第一人者に導いた例は、枚挙にいとまがありません。

私の場合、一回目はどんなことでもボロボロ、周りの失笑を買います。
二回目は、満足とは程遠くても、それなりにこなせます。
そして、三回目には、人より少し上手くなります。
見ておれ、三回目には見返してやる。それが私のモチベーションなのです。

不器用だからこそ、二回目こそは、三回目こそは、と工夫をする。だからこそ不器用ものなりに進化すると思っています。
少しいい格好を言い過ぎでしょうかね。