今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

人間は問題に立ち向かう

(写真:バイソン)

《メガディザスター》

去年、NHKで特集していた「メガディザスター」(巨大災害)シリーズ。
番組を通して、私たちが生きている世界は、いつ何が起きてもおかしくない非常に不安定な場所だと分かりました。しかも、それに対して、人間は殆ど為す術がありません。

世界では以前から巨大災害が報告されています。
街を押し流すような大洪水、巨大地震とそれに連動して起きたスマトラ沖の巨大津波では10万人以上が亡くなっています。そして、アメリカ西海岸に上陸した巨大ハリケーンは都市をまるごと水没させました。

それを全て目の当たりにしながら、どこか遠い外国のことのような感覚がありました。
一度に何百人も亡くなるような大災害は、日本では阪神淡路大震災だけが例外で、めったに起きないだろうと思い込んでいたのです。

しかし、2011年3月に起きた東日本大震災は、世界にも類を見ない大災害となりました。
港町をまるごと飲み込む巨大津波が広範囲に発生し、未曽有の死者を記録しました。
報道で、何百人もの被害者の遺体が海岸に打ち上げられたと聞き、正直現実の出来事か?と思いました。
そして、連動して起きた原発事故の影響は今後どこまで広がるか分かりません。

人口爆発、そして資源の枯渇》

それを思うにつけ、私たちは災害も少なく、戦争もない、経済的にも恵まれた未曽有の半世紀を生きてきたことが分かります。
そして、その甘い夢はまもなく破られるのかも知れません。

また、世界では、人口爆発が深刻です。
お隣の10億人を有する中国では経済発展が加速しました。そして、その10億人が、経済発展を遂げた先進国の後追いを一斉に始めたのです。

今まで世界では、一部の先進国が世界の資源を独占していました。しかし、どんなに浪費しようと、人数が限られていたので、その影響は限定的でした。もっとも、それですら、地球温暖化などの諸問題を引き起こしています。

ところが、地球の人口の何割を抱える中国やインドが、先進諸国と同じ生活レベルを求め始めたらどうなるでしょう。
このままでは、近いうちに地球二つ分の資源が必要になると警告する科学者もいます。

さらに、今まで、私たちに安い労働力や潤沢な資源を提供していたアフリカが、先進国のコントロールを離れて、自国の繁栄を加速させたらどうなるでしょうか。
広範囲の自然環境の破壊はもちろん、資源の独占と、それに伴う枯渇。そして、アフリカやその周辺から広範囲に吸い上げて保っていた先進国の繁栄の図式が崩れ、私たちは物質的にも非常に厳しい時代に突入するかも知れません。

《人間は問題に立ち向かう》

こんな材料をもとに、映画やノベルで描かれる未来は、飢餓や枯渇、荒野に繰り返される暴力。あるいは、完全に機械に生殺与奪の権利を握られた暗黒の世界です。

確かに、人間の生み出した科学の力は素晴らしい。特に産業革命以降の炭素エネルギー依存社会は生産性を格段に向上させ、多くの人間が恵まれて生きられる世の中を作りました。
しかし、CO2の大気への放出による地球温暖化問題、そして大気汚染、さらにその枯渇が深刻になっています。結果、代替エネルギーへの期待は否が応でも高まります。
そのロジックの中でのウランエネルギーへの傾倒は分かります。しかし、人類はこの強力なエネルギーの制御の仕方を未だ知らないのです。

まずは、年々積み上がる核廃棄物の山。いずれ破綻すると分かっていながら、ただ延々と積み上げるしかないのです。
あと、原子炉が暴走したら、人間には為す術などなく、多くの人間が住処を追われるでしょう。しかも、その範囲が広がってしまえば、人類は地球そのものか、自分の命を諦めねばなりません。

だから、最近、新たなエネルギーのブレークスルーを期待する声が盛り上がっています。
逆に言えば、それだけ現状が行き詰まっているのかも知れません。最近の私たちは、科学の発展と同時に問題も生み出して、その解決のために、また科学を発展させる。まるで、自分の尻尾を追いかけて、クルクル回る犬に等しいのです。

しかし、最近科学者たちが、過去の地層を調べて口にすることがあります。
それは、人類は過去、何度も氷河期や火山の大噴火など地球規模のメガディザスターを経験したきたことが地層の痕跡で分かるのです。しかも、私たちはその中を生き延びて今の繁栄を築いています。
つまり、人間はどんな問題が起きても、その問題に立ち向かう存在だと言うのです。

私たちも、まだ問題が顕在化していない時は、想定の中で恐怖におののきますが、いざ一朝ことが起きれば全身と全霊で問題に立ち向かいます。
そして、安逸に流されていた時とは、全く別物のパフォーマンスを発揮します。
それが、これから到来する厳しい時代に対する希望かも知れません。

私たちは、幸せを求めて生きています。しかし、方向を間違えて随分多くの不幸をばら撒いて来ました。でも、少しずつでも修正し、また学んでより良い未来が築ければと良いと願います。