今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

気遣いとマニュアル

(写真:日向ぼっこ)

《気遣いは男のステータス》

気遣いは女性の専売特許、そんなことを考えていたら、最近の男はやってはいけないようです。

特に、私の人生が関西系の人と交わるようになってから、それを強く感じるようになりました。

それまでの人生は、ずっと三河、そして名古屋圏の人たちとの交流が主でした。ところが、途中からメーカー系の人たちとの交流が増え、東京圏との交わりが始まりました。
そこで感じたのは、名古屋圏よりも遠い心の距離で、ドライな感じを拭えませんでした。
名古屋の人たちは、ビジネスで会話していても、何かその向こうの生活感のようなものを感じるのに、東京の人からはそれが見えて来ないのです。この人、慇懃な姿勢をとってはいるが、果たしてこちらのことをどう思っているのか?

ところが、不思議なご縁で、10年ほど前から、一気に関西系の人たちとの交流が広がりました。
しかし、関西の人たちには本当に最初面食らいました。
なんと言っても、距離感の近いこと、近いこと。割と普通に「ボケ」「アホ」が飛び出すし、なんか『じゃりん子チエ』と『難波金融道』の世界がリアルになった気がしました。普通に喋っていてもノリツッコミを求められるわ、油断をしているとすぐイジられるわで、一時はものすごく苦手意識が高じた時期もあります。

しかし、大きなプロジェクトでかなりの時間を共有してお互いの人となりを知るにつれ、私の認識も変わってきました。
それは、関西の人は心の距離が近い分、気遣いも人一倍すると言うことです。しかも、それは作ってそうしているのでなく、自然に身についているようなのです。
例えば、始めての場所で戸惑っているとすぐに声をかけてもらえますし、夜になれば夕食に誘って貰えます。

もっとも、その分、人に対しても気遣いできているかのチェックが厳しく、あの「気い悪いわ」のセンテンスは、気遣いの悪い相手に対するイエローカードの役目をしているようです。
ある時、何気無しに会話を聞いていると、ホテルのフロントの対応が話題になっていました。
何回も利用しているのに、普通の事務的な対応はNG、ちゃんと名前を覚えていて、テンションを合わせてくれて合格。いやはや、厳しいですね。

《気遣いできないからマニュアルがあるのか?》

接客業とは、その気遣いを付加価値として売る商売と言えます。
客である私たちが、当然期待しているところまでできて80点。えっ、そこまで?と言うところまで出来れば120点。
いわゆる「おもてなし」と言う少々俗っぽくなった言葉が、気遣いで差別化している日本的サービスの大看板です。

しかし、この国では、客単価の低いファーストフードまで、一定の気遣い品質を求められます。しかし、店員の教育にそこまで時間やお金をかける訳にはいかないので、誰でも一定のサービス品質が出せるように接客のパターン化を図ります。いわゆる接客マニュアルです。
「とりあえず、うちの店ではこの通り喋ってください。」
「はい、分かりました。店長!」とやるものだから、時々おかしなことになります。

買い出しに行ったところ、
「はい、チキンバーガー5点、照り焼きバーガー3点、シェーク5点、ポテト6点。以上、承りました。
お持ち帰りですか?こちらでお召し上がりですか?」
「お召し上がるわけないだろう、普通!」
思わず、そう突っ込みたくなりますが、これもマニュアル故の悲しさ。そこは、言わでもがなで済ますのが大人の対応です。

《気遣いをカスタマイズ》

でも、このマニュアル接客に、日本人の美点である気遣いを求めてはいけないことは暗黙で了解済みです。

本当の気遣いは、マニュアル接客のような画一的なものではないのです。
まず、相手も状況も千変万化するので、いつも同じ気遣いをしていれば良いのではありません。

実際にあった話として、こんなエピソードが至るところで紹介されています。
それは。

ある時、東京ディズニーランドのレストランに一組の夫婦やってきました。そして、彼らは自分たちの食事とお子様ランチを頼んだのです。
レストランのマニュアルでは、大人にお子様ランチは出せないことになっていたので、店員は一度お断りをしました。しかし、ガッカリする二人の様子が気になって、お子様ランチを頼んだ理由を聞いてみたのです。

「実は、私たちには子供がいたのです。そして、いつかこんな素敵なレストランで食事をしようと約束をしていました。しかし、その約束を果たせないまま、その子は亡くなってしまいました。
そして、今日はその子の誕生日なのです。もし、あの子が大好きだったお子様ランチを一緒に食べることができれば、また3人で食事しているような気持ちになれるんじゃないかって思ったんです。」
その言葉にショックを受けた店員は、思い切ってマネージャーに相談してみました。
それを聞いたマネージャーも快諾し、店員は嬉しそうに夫婦に告げました。「あの、いいそうです。」
やがて運ばれたお子様ランチには、子供用の小さい椅子が添えられていました。
それは、少しでも亡くなった子供と一緒に過ごしている気持ちになってもらえるようにとの、レストランの心遣いだったのです。
夫婦はその心遣いにとても感動し、後から感謝のこもったお礼状が届いたと言います。

非常に感動的な話です。
また、非常に有名な話なので、皆さんも一度は聞かれたと思います。

その感動の本質は、店員君の、夫婦に喜んで貰いたいと言う気持ちが本当だったからでしょう。
確かに、店のマニュアルに乗っ取れば、大人にお子様ランチは出せない。それは、間違っている訳ではありません。
しかし、店員君は、お客さんに、このレストランで幸せな時間を過ごして貰いたかったのです。だから、お店的に正しいことをしても納得できなかった。そして、どうしても、喜んで貰いたかった。
そんな思いが伝わってくるから感動します。

我が身に引き当ててみれば、ルールやマニュアルに縛られて、気遣いの本質を忘れていないか、反省させられるエピソードでもあります。