今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

人生ゲージ

(写真:リングテール)

《夢の世を長き未来と思い変え》

「夢の世を 長き未来と思い変え 欲知り顏の 欲知らずかな」

夢の世、とは私たちの人生のことです。
夢は儚いものの代名詞です。
大金持ちになった。もの凄い出世をした。憧れの彼女と結婚できた。
あっ・・・夢か。
夢の中でどんな幸せに恵まれても、覚めてしまえば、すべてもとの黙阿弥。それ自体には何の価値もありません。

「昨日はスッゴイ美人と一夜を過ごしたんだよ。」
「えっ!凄いじゃん。」
「ただし、夢の中でね。」
「なんだ、夢か・・・。」

よく使われる夢オチのパターンですが、私たちの人生が終わるときも同じだと言われています。

夢で思い出すのが、豊臣秀吉の辞世。
「奢らざるものも 久からず 露と落ち露と消えにし我が身かな 難波のことも 夢のまた夢」

世界の歴史上、豊臣秀吉ほど一代で功なり名を遂げた人物は希でしょう。
毎日、お金や名誉を争って汲々としている私たちの究極の理想像とも言えます。
秀吉、60余年の全力疾走の果てに待っていたものは何だったのか?

秀吉が実質天下統一を果たしたのは50を過ぎてから、それから10年と少しで命を終えています。その僅か10年で、栄華を味わいつくそうとしたのでしょうが、彼に果たしてどれほど満足があったのでしょう。
それこそ、臨終に「夢のまた夢」と、儚く目の前で消えていくこの世の栄耀栄華でした。

このように、あとから振り返れば、人生はまことに短く、儚い。
あれもして、これもして、と欲や興味の赴くままに行動していたら、人生はあっと言う間に終焉を迎えます。
いろいろできれば、人は感心して褒めてくれますが、それで終わっただけの人生にどれほどの満足があるのでしょうか。

それなのに、ずっと生きられるように勘違いして、いろいろと手を出した結果、結局何事も成就することができない。それを「欲知り顏の欲知らずかな」と言われているのです。

《あと一ヶ月しか生きられないとしたら》

兼好法師は『徒然草』で、人生はまことに短く、多くのことを成している時間はないのだから、一番大切なことに思いを定め、後はそれに全力をあげるべきである、と教えています。

では、私たちにとって一番大切なこととは何でしょうか。
それについて、こんなアドバイスを貰ったことがあります。

「もし、あなたが残り一ヶ月しか生きられないとしたら、何をして、何を止めますか?そうして、残ったものが貴方にとって一番大切なことなのですよ。」

あと、一ヶ月ということはなくても、あと半年、あるいはあと三ヶ月と言う告知をされることはあります。今のように、二人に一人が癌になる時代なら尚更です。
しかし、癌にならなくても、誰にも必ず余命あと一ヶ月と言うことがあります。後は、それを知らされているか、いないかだけの違いなのです。

もし、そんな状況になったら、私は何をして、何をやめるでしょうか。
仕事、食事、旅行、娯楽をする・・・あり得ませんね。
そう考えた時、人生にとっての装飾と、大切なことの切り分けができるようです。

《人生ゲージ》

人生ゲージとは、私の造語です。

ゲージとは目盛のこと。
有限である私たちの人生は、ものさしを当てて計ることができるはずです。
もちろん、平均寿命まで生きる保証もなければ、平均寿命まで生きたらすぐに死ぬわけでもありません。
しかし、有限であることは間違いなく、しかも私たちはそれを忘れています。

たとえば、平均寿命に合わせて、人生に目盛を刻んでみましょう。
そうすると、この世のご縁は、あと20年?30年?
その余命に仕切りを入れて、人生でやりたいことを書き込んでいきます。
すると、書き込めることが意外に少ないことに驚きます。
必然的に、大切なことを選ばなくてはなりません。

有限な人生を意識した時、その短さが身に沁みて、自分にとって本当に大切なことを考えるようになります。
この人生ゲージは、悔いのないの人生を送るために大切なツールであり、特に若い人たちに意識して使ってもらいたいと願います。