今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

虎穴に入らずんば

(写真:皐月)

《9回の裏二死満塁》

1点のリードで迎えた9回の裏。

相手チームの攻撃。
2アウトまで追い込んだものの、出塁を許して満塁のピンチ。
ここでヒットがでれば逆転負けの瀬戸際で、バッターボックスには4番の強打者が登場。

さて、勝負をするべきか?はたまた勝負を避けるべきか。

もし、敵の4番との勝負を避けて敬遠で歩かせれば、押し出しで1点入って同点になる。でも、まだ負けたわけじゃない。後1人をきっちり抑えることができれば、延長に持ち込んで挽回のチャンスがある。

もし、4番と勝負すればかなりの確率で打たれる。いいのが一発出れば、その時点で負けは確実になる。
しかし、ここでこの4番を抑えれば、我がチームの勝利だ。

果たして、勝負すべきか、せざるべきか。

《肉を切らせて骨を断つ》

このような状況でも、「勝負する」と答える人が多いと思います。
何故なら、ここで敬遠をしても、負けが伸びただけで、状況はより悪くなるからです。次の1人を抑えきれる保証はないし、ましてや延長戦で勝てる保証もない。虎の子の一点をミスミスくれてやったら、チームメイトの士気だって下がってしまう。

だからといって、敢えてリスクを取っていいのか?
もし、案の定打たれたら、今度はそれでチームメイトに申し訳が立つのか?
このジレンマは、監督でも同じでしょう。

よく「何かを捨てる覚悟のないヤツは信用できない」と言うセリフを聞きますが、何かを成し遂げようとする時にリスクを冒さなければ、結局何事も成し得ないのでしょうね。

二死満塁の死地を脱するには、勝負を選んだ方がリスクを取っているように見えて実は手堅い。ただ、一発やられたら、即敗退を覚悟しなければなりません。

戦場ならば、部隊を無事に帰還させるために、戦闘を避け、敵地を長距離移動する選択肢もあれば、敢えて敵の前衛を突破して最短で帰還する選択肢もあります。
戦闘と言うリスクを避ければ一時的な損耗率は低くなりますが、長距離移動することで敵の追撃を受け、部隊がかなり消耗します。
もし、前衛を突破しようとすれば、大変な戦闘が起きて、兵器、弾薬
果ては兵隊も失うでしょうが、その影響は一時的で済みます。

剣道ならば、敵の胴を薙ぐためには、その懐深く入らなければなりません。しかし、敵の懐に飛びこもうとしたら、その前に、面、小手打ちの攻撃にやられるかも知れません。
ただ、そのリスクを恐れたら、上背もあり、リーチの長い相手には苦戦を強いられます。
まさに、肉を切らせて骨を断つ、です。

《平穏無事な敗退か、決死的勝利か》

ビジネスならば、どうでしょうか。
今の主力を守っていれば、当面食べていくには困りません。
しかし、10年後、その主力ビジネスは存在しているでしょうか。
ならば、次の10年を見越した取り組みが必要です。しかし、とかく新しいことはコストがかかり、せっかくの利益を食い潰します。

また今の時代、新しい取り組みは、いままでの収益モデルとかなりの割合で相反するのです。
例えば、今新聞社は新聞販売店に支えられています。ところが、少子高齢化と紙面の購読部数の激減で、新聞販売店を通しての販売は先が見えてしまっています。
ならば、ネット配信をメインにすると言う選択肢が考えられますが、それは今支えてくれている印刷所と新聞販売店に引導を渡すことでもあります。

その実情を踏まえたら、おいそれと決断することはできません。
どうしても、その取り組みには二の足を踏みますが、放っておいても時間とともに緩やかな死を迎えるだけです。

ならば、今血を流してでも取り組むのが、正しいあり方です。実際、大手新聞各社はネットでのビジネスに進出を始めています。

今の平穏無事を優先して、徐々に敗退していくよりは、今決死でリスクを冒して起死回生をはかる。そんな決断がいたるところで求められる時代になりました。
おそらく、日本の赤字国債年金問題、地球規模の温暖化問題、そして、日々墓場に行進を続けている私の人生にとっても、同じことが言えるでしょう。