今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

大風呂敷もいつかは

(写真:百花)

《耳触りは良いけど》

最近、よく私が言われること。

「それって、規模感があって耳触りも良いけど、だから、余計実際のところが気になるんだよね。」
あるいは、
「出来過ぎてない?想定が一つ崩れるとガタガタにならない?」
経験が豊富な人には誤魔化しは効きませんし、大風呂敷を広げていることがバレています。

風呂敷は縛った状態でもサイズが大きく、さらに広げてみると結構な面積になります。ですから、傍目には規模感、圧倒感がありますが、大切なのは、そこに包んでいる中身です。
開いて中身をよくみたら、「あれっ、全然ダメじゃん」と言うことがあるので、そこから、「大風呂敷を広げる」と言う言葉が出ています。

私は、ハワイアンバケットのようなものをイメージします。
長いバケットに縦の切れ目を入れて、その中にこれでもかと具材を突っ込みます。トマト、レタス、キュウリ、ピクルス、ハム、チキン、ソーセージ、パイナップルなどなど。
はみ出さんばかりのハワイアンバケットは壮観ですし、インパクトもあります。

でも、食べる段では、ちと難があります。そもそもこんな大きなパン、どこから食べるの?
口に入るように端から食べ始めるのですが、具が詰まっている部分に到達する前にお腹が一杯になりそうです。
これは、大食漢の西洋人の向きの食べ物であって、日本人には小ぶりのサンドイッチがあっているでしょうね。

おそらく、ハワイアンバケットのような規模感や耳触りを優先せずに、現実的なところを積み重ねなさい、それがアドバイス氏の言わんとするところでしょう。

《やれると信じなかったら、何もできない》

しかし、そのハワイアンバケットでも、小分けに切り出して貰えば食べられます。要は手順の問題です。
また、大風呂敷も広げなければ、世界は広がりません。広げること自体は悪いことでなく、その広げるタイミングと、前で広げる相手の問題であります。
経験もあって、理路整然と考える人には、詰めが甘い段階では夢物語にしか聞こえません。反対に乗りの良い相手ならお互いのモチベーションを高められます。

「ねえ、いろいろ問題あるけど、こんなことできたら凄くない?」
「いやあ、上に報告したら、アホッ!って言われそうですね。」
「だからさ、皆んな普通そんなことを思って手を出さないだろ?もし、実現したら、業界初だぜ。」
「ですよね、なんとか考えてみたいですね。」

ボタン一つのiPhoneのデザインにしても、旅行者に空き部屋や個人宅での宿泊を提供する「Airbnb」も、最初考えついた時は、とてもマトモに聞いてもらえない大風呂敷だったでしょう。しかし、世界を変える発想であり、だからこそ発案者の情熱がエンジンとなって、いろんな障害を乗り越えることができたのです。

《大風呂敷もいつかは》

そもそも、大風呂敷にはネガティヴな反応しかないと心得ておくべきでしょう。
余程確実な保証がない限りは、人は経験のないことには冷淡なものです。
ところが、一度結果が出始めると人は手のひらを返したように友好的になります。
つまり、人は結果だけで判断し、そのプロセスには興味がないものです。
「頑張ったって?それがどうした。結果が出ていないだろう。」とか。

だから、結果が出るまでには、人の評価など気にしていられない段階があります。どうせ分かってもらえないなら、自分一人でも、時間を工面してでもやる。
人の評価してくれることだけなら、それは人の人生を生きているのであって、自分の人生を生きていないのだから。

最初は、取りつく島のないと思われた大風呂敷も、いろいろとアプローチを変えたら、スカッと通るところがあるかも知れません。
要は、そこまでやるかどうかですよね。

大風呂敷も、明確な意志があれば、それはビジョンです。そして、大量な行動により、大風呂敷もいつかは現実に変わります。