今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

八方美人と、協調性の違い

(写真:接写、危険生物)

《天使オヤジ》

昔、OLさんたちの間で、『天使オヤジ』と言う言葉が流行ったことがあります。

舞台は中堅以上の企業で、内勤のOLさんが多い部署のようです。
そして、そこを中年以上の部長、もしくは課長がまとめている様子が想像できます。それは、初老の、白髪頭で温厚なオジ様だったりします。

「すみません、課長。」
「何かね。」
ニコニコ笑って、オジ様が応じます。
「あの、今日までに頼まれていた資料ですが、提出期限を明日まで伸ばして貰えませんか?」
「そう、どうしたの?」
「今日、夕方に歯医者の予約があって、定時でどうしても帰らなければいけないんです。」
「そうか、困ったな。あと、どれ位かかる?」
「え〜っと、あと2時間くらいです。」
「分かった。いいよ。」
「有り難うございますう。」
「ちょっと、◯◯君、いいかな。彼女、今日は急用でどうしても帰らなくてはならないそうなんだ。あと2時間くらいだから、君、彼女の仕事を最後まで仕上げてくれないかな。」
「え〜っ、ちょっと待って下さい。私も急ぎの仕事があるんですよ。そこにまた2時間なんて、8時過ぎになるじゃないですか。」
「まあ、そう言わないで。△△君も定時まで、時間があるんだから、あと1時間のところまで仕上げておきなさい。」
「先輩、すみません。いつも助かります。」
「あんたの『あと1時間』は、あてにならないのよ。そう言って、この間も結局徹夜になったじゃないの。」
「まあ、まあ、今度は大丈夫だよな?」
「えっと・・・大丈夫です。」
「またあ、いつも調子いいんだから。」
「僕も手伝うからさあ。」
「結構です!」

《好かれているんじゃない、軽く扱われているんだ》

オジ様は、誰に対してもノーが言えない。好かれようとして、良い人を安売りする。
そんなところから、いつも優しい『天使オヤジ』と揶揄されるのでしょうし、こんな人を八方美人とも言います。

八方美人は、誰に対しても良い顔をします。それで、「俺は調整力がある」と一人悦に入っているのでしょうが、悲しいかな、誰一人その人を頼りになるとも、助けて貰っているとも感じていません。

なぜなら、天使オヤジ氏のボジションならば、複数の部下から調整事項がアップされます。当然、こちらを立てれば、あちらが立たず、で、キチンと調整をすれば、関係者に応分の我慢を強いることになります。しかも、その我慢の配分は公明正大でなければならないので、どうしても一人一人の都合に対してはノーが多くなるのです。

細かいことを言うブルドッグオヤジと評されるかも知れませんが、それはそれで皆んなに納得感があります。
しかし、皆んなに良い顔をすれば、そこは誰かにしわ寄せが行き、結局頼みやすい世話好き社員がたいへんな思いをします。
皆んなもそれを心得ていて、天使オヤジ氏に頼めば、無理が通して貰えると便利使いをされるのです。

《自己主張なくして、協調性なし》

皆んなにいろいろ頼まれている俺は、周りから好かれているんだ、と思ったら大間違いで、結局都合の良い調整弁に成り下がっています。

真に協調性を発揮して、仕事をキチンと回そうと思えば、良い悪いの基準が自分の中で確立されてなくてはなりません。
その依頼は、イエス!なぜなら、〜だから。その依頼は、ノー!なぜなら、〜であるが故に。
ダメだしをされて、相手は一時へこむかも知れませんが、その理由が明快なので、納得感があります。

結論から言えば、協調性とは、八方美人が発揮できることではなく、自分の主張がロジックとして確立したの人の仕事です。
その意味では、今の日本も、政治や外交に於いて、国民にや諸外国に対する確固としたロジックを確立すべきなのでしょうね。