今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

人生のグランドデザイン


(写真:和風なアフタヌーン

NHKに出演していた高校生たちに、インタビュアーが聞きました。
「将来の夢は何ですか?」

「私、介護福祉士を目指しています。」
「看護師です。」
「僕は消防士です。」

そのような高校だったのかも知れませんが、自分の一生の仕事を即答していたのには驚きました。

翻って私たちの頃を考えると、高校生の頃は、「何になりたい」よりは、「何処の大学に行く」で皆んな頭が一杯だった気がします。理系が得意だから理系の大学、文系が得意だから文系の大学、それだけで自分の将来が技術職か、営業職か、はたまた公務員か、だいだいの方向が決まっていたので、考えてみれば不思議な話です。
おそらく、理系だろうが、文系だろうが、一番世間的にレベルが高いと認知されている大学に潜り込めれば、その後の人生が保証されるという神話をまだ皆んな信じていたのかも知れません。

だから、大学に入ると、「ああ、人生の大きな山は越えた」との開放感で勉強から縁遠くなる学生がいたのも事実です。
そして、「何を一生の仕事にするの?」という現実に真剣に向き合うのは、大学生活後半の就職活動だったりします。
公務員になりたい。弁護士を目指したい。研究室から推薦をもらう。
そんな明確なビジョンを持った人はともかく、当時学生は「少しでも知名度のある会社に入りたい」を目的としていました。

「で、あなたは、この会社で何をされたいのですか?」
面接官の質問に、「はい、私は企画の仕事を希望します。」「はい、お客様とつながる仕事がしたいと思います。」と、想定問答集の通り受け答えをするのですが、「そんな希望通りの仕事ができる訳ないよ」と冷めた暗黙の了解があるのも事実。
要はここでも、少しでも知名度のある会社に入って、後の人生を楽にしようという論理が働いていたのです。
ですから後に、これは「就職」ではなく、「就社」ではないかと、一部の知識人が言い出しました。

要は、一億総中流の意識の中で、とりあえず大学、とりあえず会社員。
家が自営業の私ですら、そう思ったのですから、雇われ人になることが何より安心、何より安全と社会意識に刷り込まれていたのでしょうね。
本来、自営業とは不安定なものであり、究極の成果主義ですから、自営業がほとんどだった時代に、毎月決まって給料が入ってくる勤め人は憧れの的でした。そんな時代の気分を引きずっていたのではないかと思います。

しかし、ここに来て、会社員が無条件に良いとは言えなくなってきました。
まず、生涯雇用、年功序列が崩れています。何十年勤めて貢献をしても、業績次第で切られます。あるスーパー大手では、一時代を築いたトップセールスですら切られたそうです。
もはや、無条件に相思相愛の時代ではなく、選び、選ばれる時代になったということです。そうすると、会社から与えられた仕事をこなすだけではなく、自分のキャリアデザインは自分でしなくてはなりません。

次に、年金制度の崩壊があります。
つまり、前の人は、60ないし、65まで会社に勤めて、後は年金で悠々自適という人生設計ができました。
しかし、今の時代、例えば就労人口減にさらされる10年後、今と同じ制度で年金を受け取ることができると誰も考えないでしょう。子供の扶養も当てにならず、寿命ばかりが伸びた社会で、65歳定年後に路頭に迷う人が溢れます。そうすると、65歳のXデーまで待つのはたいへんなリスクです。40代、50代の頃から、自立して稼げるようになりたいと考える人がいてもおかしくありません。

あと、報酬意識の変化もあります。基本、企業から与えられる報酬は、ポストとお金です。しかし、出世も、高い給料も、そのこと以上に「会社がオレを認めている」という承認感で満足があります。
さらに、給料の額や、ポストの社会的ステータスより、役に立っているという貢献感、感謝されているという承認感を報酬として捉える人もいます。それは、社会が成熟してきて、高い給料水準でなくても人並みに生活ができるようになった点が大きいでしょうね。
すると、必ずしも知名度の高い会社や、高い給料に縛られずに、本当に自分のやりたいことをするという選択が可能です。

さらにネットの進化で、個人レベルの商売が可能になり、時代はまた一部の大企業と、圧倒的多数の個人事業者に集約される時代に回帰するかも知れません。
今の、非正規雇用問題は、会社中心の世の中から、個人事業者中心の世の中へ移行する歪みで起きたと言ったら怒られるでしょうか。

最初に紹介した高校生の目指しているものの中には、決して給与水準の高くないものもあります。しかし、それを敢えて選択していくこと自体、時代の意識の変化を感じます。
そして、自分の人生のグランドデザインを自分の責任で行なっている若い世代を心から賞賛し、エールを送りたいと思います。