今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

マイ・アイデンティティ


(写真:わきあがる黒雲)

人間は人と比べては、とかく自分が持っていないものを悲観します。

たとえば、自分が持っていないものと言えば・・・。
まず、容姿。
それから、才能。
リーダーの資質。
地位。
名誉。
お金。
運動神経。
文才。
学歴。
学力。
・・・
キリがありません。

イソップ童話のなかに、『仔犬とロバ』という話があります。

農家に一匹の仔犬とロバが飼われていました。
仔犬は、主人が帰るなり嬉しそうに尻尾を振って、じゃれついたり主人の顔を舐めまわしたりします。それを主人も喜んで、嬉しそうに頭を撫でてやります。

それを見ていたロバも同じようにして貰いたいと思いました。
そして仔犬を真似て、主人にじゃれついたり、顔を舐めまわしたりしました。しかし、ロバの図体でじゃれつかれて、散々蹴飛ばされた主人はすっかり腹を立ててしまいました。
ロバは棍棒で打たれ、ついには柵に繋がれてしまったのです。

〜・〜

馬鹿なロバの話です。
仔犬には仔犬の長所があり、ロバにはロバの長所があります。それぞれの長所を生かせば良いのに、仔犬を羨んで真似をするから失敗します。

前出の「自分の持っていないものリスト」は、周りの誰かと比べるから出てきます。
容姿に優れた男性と一緒にいると自分が不恰好に映ってしょうがない。
あるいは、お金持ちの知り合いといると、自分が貧乏たらしく思える。
プレゼンに長けた同僚といると、自分のスキルの無さが身にしみる。
誰かと比較を始めると、キリなく自分の足りないものを悲観しなければなりません。

SMAPの『世界に一つだけの花』ではありませんが、「一人一人違うのに一番になりたがる」のが、逃れ難い自性のようです。
しかし、『仔犬とロバ』の話のように、ロバは農作業や力仕事では大切な働き手です。
ロバには仔犬のような愛くるしさはなくても、力が強く我慢強いことが大切な彼のアイデンティティであり、そこを誤ると童話のような悲劇が起こります。

もし、私が容姿で勝りたいとしゃにむに頑張ったとします。しかし、持って生まれた顔かたちや手足の長さは変えようがありません。そこに取って付けたように、髪型をイケメン風に変えたり、仕草だけ男前にしたら滑稽です。
また、知識のある人の単語ばかり拾って、横文字を得意気にしゃべり始めたらいろんなところで失笑を買うでしょう。

私が周りから一貫して受けている評価は『不器用』です。
感の鈍さ、手際の悪さ、物覚えの悪さ、運動神経の悪さ、全体を俯瞰する能力の欠如、それらを総合して『不器用』と評されます。
子供の頃から、器用な人間に憧れ、真似でもしようと努めて来ましたが、やはり生来のものは変えがたく、いつも惨めな思いを味わってきました。

しかし、大人になって気がついたことがあります。
自分の長所とは、どんなに惨めで辛くて、また上達しなくても止めないことです。
中学の頃も、下手だ、下手だと言われながら、取り敢えず3年間クラブを続けました。大人になっても、コンピューターは向かないと思いながら、この年まで続けて来られました。
目端の効いた人間ならば、それをする利点がないと理解した時点で転身して別の道で成果を残すことができるでしょうが、私はそれを判断する目も頭もないので、ひたすら続けて来たのです。
それで、損をしたか、得をしたかはまだ分かりません。しかし、続けることが自分のアイデンティティならば、ひたすら真っ直ぐ進むしかないと腹に落としています。