今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

相手の靴を履いて歩いてみる

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(写真:奥三河しんしん)

人を見ては、「何をやっているんだ情けない」と優越感を持つ。
自分勝手に作り上げた相手のイメージで安心したり、腹を立てたりする。
ならば、もし自分が相手の立場だったら、あるいは同じ制約を受けていたら、果たして同じ成果をだせるのか?
相手の靴を履いて歩いてみる、すならち自分を相手の身に置き換えて考えることが大切です。

身近なところなら、自分の両親です。
いや、むしろ身近過ぎてなかなか尊敬の気持ちが持てずにいました。
でも、うちの父親は専門の大工でもないのに、ちょっとした小屋くらい自分で作ってしまう器用な人間でした。また、後から聞けば、随分地元にも貢献をしました。
母親は、ちょっとした起業家で、農業高校卒業後は、自分で養豚を始め、父親と結婚してからは、婦唱夫随で養鶏を始めました。
養鶏が左前にになるや、暫く準備期間を置いて喫茶店を開業したのは、40を幾つも過ぎたころでした。

でも、子供にとっては両親はあまり偉く思えないものです。なんとかもっとマシな生き方をしようと悪戦苦闘しましたが、結局両親には遥か及んでいません。

こんなことは茶飯事で、会社なら上司や、同僚、後輩たち。「俺が、俺が」でいい気になっていたら、あっと言う間に差がついて、驚き慌てること、ひとかたではありません。
やはり、相手が置かれている立場、そして、責任、努力をきちんと見なければ間違います。
「あんなことで叱られて恥ずかしい」と人のことだと安易に考えますが、その人は失敗して叱られた分、確実に学習して向上するのです。
他人事にして、いい気になっているうちにあっと言う間に置いていかれます。

「愚者は何者からも学ばず、賢者は何者からも学ぶ」

成功も、失敗も、自分をその身に置いてみれば、学びは常にはたくさんあります。
いわば、他人の靴を履いて歩いてみるのです。傍目から見て、「不恰好な歩き方だなあ」と思っても、実際その靴を履いて歩いてみれば、「こんな靴で歩いていたのか、凄いな」と感心するのかも知れません。

船井さんではありませんが、「素直さ」、「謙虚さ」、「勉強好き」、大切ですね。常に、相手をよく見て、その身になるから、そんな姿勢を持てるのでしょうね。