今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

置かれた場所で咲きなさい

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(写真:夕闇せまる足助町(豊田市) その3)

他人の芝は青く見えると言います。
誰しも、自分の置かれた境遇に不満を持っているものです。

社内で言えば、新しいことに取り組んでいるメンバーは、大きな案件を動かしている現業メンバーを羨ましくおもい、反対に現業のメンバーは、日々陳腐化していく自分の技術に焦りを覚えながら、新しい技術に取り組んでいるメンバーを羨ましく思います。

早々に結婚して家庭に入った女性は、家事と子育てに忙殺されて終わっていく1日を虚しく思い、職場に残って男性顔負けで頑張っている同期を羨ましく思います。
反対に、職場に残って頑張っている女性も、早々に結婚して子供が生まれ、生活の基盤を安定させている友達が羨ましくてなりません。

上司は部下のお気楽さを羨み、部下は上司の待遇と権限を羨ましく思います。

「できれば会社を辞めたい」「ここ以外に素晴らしい居場所があるのでは」、上場企業の一流ビジネスマンですらそう思うようです。
では、居場所を変えたら今より本当に幸せになれるのでしょうか?

『職場に強敵がいる人は、職場を変えても強敵が現れる。自分の中に強敵がいるからである。』と教えられたことがあります。

思い切って海外に飛び出して成功する人、都会の喧騒を離れて自分らしく生きられた人、自分で起業して自由を手に入れた人。
そんな人は、間違いなく存在します。
しかし、居場所を変えた先にも形を変えた苦しみが待っているのも事実です。

国内で閉塞感を抱えて、海外に飛び出した人は、日本では想像できない不便さと、たいへんさを経験するでしょう。
都会が嫌で田舎暮らしを始めた人は、地域社会の閉鎖性や、自然の厳しさに愕然とするでしょう。
組織に守られた会社から起業した人の大変さは言うに及ばず、大きな損を出せばそのまま自分の生活が破壊されます。

たいへんさ、苦しさは本質的にどこも変わらないのだと思います。
ただ、それが自分にとって耐えられる種類の苦しみか、耐えられない種類の苦しみかの違いだけなのでしょう。

つまるところ、自分の努力で「自分の幸・不幸」を開くのです。
周りの人間や環境に原因を求めている間は、「自分の中の強敵」はいなくなりません。
今の良い種まきが、次の瞬間の良い結果につながります。
次の瞬間の良い種まきが、更に未来の良い結果につながります。

「亀なりと たゆまなければ 兎超ゆ」
兎と亀の違いは何か?
兎は亀を見て、亀はゴールを見ていた点です。
今現在、ライバルに負けていたり、満足のいかない環境にいるかも知れません。
しかし、それは現時点の結果であり、ゴールに至るまでの通過点にしか過ぎません。たゆまぬことが未来の結果を変えます。

「置かれた場所で咲きなさい」とは、「今の環境に不足を言わず、感謝と満足をしなさい」とも読めます。
しかし、これは私の勝手な解釈かも知れませんが、「現状を変えたければ、今置かれた環境で誠心誠意を尽くしなさい。必ず未来は変わる。」とも読まずにおれないのです。