今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

一滴の試薬

(写真:雪道移動中、賤ヶ岳にて)
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昨日、私の試作品に対して、

「もう少し早くできたのではないか」

と上司から苦言を呈されました。
「申し訳ありません」と謝罪しましたが、実際に動くものを見せたからこそ、上司の興味を引くことができたとも言えます。

そうして、あたかもそれを当初から会社が計画していたような流れになって、計画の前倒しを要請されたり、あるいは喜んでくれたり、厳しい意見を言われたり、それなりの反応が一斉に起こりました。

制作側としては、皆んなが無条件に喜んでくれると勝手に夢想していたので、厳しい意見には閉口しつつも、明らかに動きが見えたことに対してはまことに有難く、かつ嬉しく思いました。

現場には、いろんな人がいていろんな立場や思惑で動いています。時に、牽制し合い、時に三すくみのような状態になりながら、それでも一定のレスポンスを保っています。
それは1つの安定状態なので、その状態を続けることは決して悪いことではありません。
しかし、さらなる成長を望んだり、あるいは競合の登場や収益の悪化等の外的要因の変化により、変わらざるを得ないときがやって来ます。

化学の実験では、安定した物質を変化させるために試薬が用いられます。
落とした一滴の試薬が物質に劇的な変化を起こし、全く新しい物質へと変化させます。

例えば新しい技術、新しいサービス、新しい収益モデル、新しい機能を提案する。それは、非常に荒削りかも知れませんし、恥ずかしいものかも知れません。ただ、それまでになかったが故に、必ず何らかの反応が沸き起こります。
それは評価かも知れませんし、ダメ出しかも知れません。
でも、間違いなく会社で起こった化学反応です。それが、変化を生み、流れを作り、その積み重ねで会社は新しいステージへと進みます。

一滴の試薬をたらす立場としては、良い評価ばかりが受けられる訳ではありません。ひょっとして、酷評の方が多いかも知れません。
ただ、無反応よりは有難いと思います。何故なら、それは一つの反応であり、変化だからです。

評価に奢らず、不評に腐らず、それも試薬をたらした時の反応と心得て、楽しむくらいで丁度良いのだと思います。