今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

友達と言うインフラ

(写真:茅ヶ崎、平塚)
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インフラとは「生活や産業の基盤として整備される施設」を意味します。

それには上下水道、電気、ガス、そして道路や学校、病院などが含まれます。
さらに、それを人間関係まで拡大して、親しい友達を「生活の基盤」=「インフラ」と定義する人がいます。

昔は血縁者同士同じ家で生活し、支えあって生きていました。ところが昨今、身の回りを見渡して見ると、親子が離れて暮らしている人が多くなりました。

子供が長じると親元を離れ、そのまま親だけの暮らしになります。その子供にしても、一人身のまま一生を過ごす人が多くあります。
親とも何年も音信不通のままで、いざ頼ろうと自宅に帰って見たら、親は家を引き払って行方知れず、と言うウソのような話も身近にありました。
このように、今の時代、どんどん血縁のつながりが薄くなっているようです。

だからと言って、国はあまり頼りになりそうにないし、こんな時代、親しい友達だけが生命線です。そこから、「インフラ友達」と言われるようになりました。

博報堂が丁度一年前に発表した「インフラ友達」ランキング。

一位は、避難友。
大災害で、自分の住んでいる地域を離れなくてはならない時に、受け入れてくれる友達。

二位は、教友。
生活の質を上げる知恵を授けてくれる友達。

三位は、命友。
辛いとき、生きる力をくれる友達。

また、単身者だけが集まって、気の合う仲間とシェアハウスで暮らすと言う話を聞きます。
他にも、カーシェアやもう着なくなった服をシェアするとか、単身者では持て余し気味の資産を、何人かで効率的に運用するのは、まさにインフラ友達の効用です。

しかし、例えばシェアハウスに感じる危うさがあります。
初老の皆さんが気の合った仲間と、趣味を活かしながら、経済的負担も軽減して暮らせたら、とても楽しいと思います。
ただ、それは10年くらいのことです。
やがて、重い病気にかかったり、立ち居振る舞いが思うに任せない人が現れたらどうなるでしょうか。おそらく、その人は仲間を慮って退去すると思います。そうしないと、幸せな共同生活は崩壊するからです。

友達と言っても、あくまでも共通点や都合で集まっている面があります。対して、本当に無償の友情はなかなか築けるものでないと思いますが、私だけでしょうか?
私にとって、自分を犠牲にしても、と思えるのは、やはり、親子、兄弟、夫婦です。それすらも、あまり状況が過酷になると、思ってはならない心が現れるのです。

だから「友達というインフラ」の聞こえの良い響きを過信してはならないと思います。
そして、血縁の、特に親子関係のあり方の見直しが必要であると考えています。もちろん、近しいが故に、いろいろと難しいことばかりですが。