今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

情報発信

(写真:休日)
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今は、誰でも情報発信できる時代。

ブログやFacebook、Twitterなど、アカウントを10分で取得して、次の瞬間から世界に情報を発信できます。
対して、昔は情報発信をしたければどうしたでしょうか。

まず、情報発信の走りと思われるのが、辻説法。
僧侶自ら、人通りの多い辻に出向き、大声を張り上げて通行人の興味を引きます。なんだろう、と足を止めた人を相手に、「皆さん、お釈迦様は」と法を説きます。
そして、深く感銘を受けた人が寺や草庵での説法を続けて聞くようになります。

あるいは、本を著し、多くの人の協力を受けて全国に広める。
今日で言えば、自費出版ですね。

ビラを作って該当で配ったり、自分で新聞を立ち上げたり。
そう言えば、40年近く前、「国債を乱発する国の借金が心配だから」と、そのことひとつ新聞に活字として乗せてもらうために、多額のお金を用意して国会議員に立候補した憂国の志もいました。

自分の思いを伝えたい、自分がここに居て何を考えているか知ってもらいたい。そして、影響力のある人間になりたい。
それは、人間なら誰しも持っている欲求です。
ただ、昔は、そのためのハードルが高かった。才能が必要だった。才能のない人は、お金が必要だった。
しかし、昨今は、思い立ったら誰でも情報発信者になれます。しかも、それが一気に世界中に認知されることだって夢ではありません。

おそらく困っているのは自費出版の会社でしょう。
前は、本を書いて出版するするだけでステータスがありました。でも、皆んなに自分の思いを届けたければ、ブログやFacebookの方が早くて、お金もかからず、何より影響力がある。
相当、業者さんは減ってしまったこと思われます。

ただ、発信が手軽ゆえに、それによって生じるリスクが忘れられがちです。
お店の冷蔵庫に寝そべった写真をツイートして、社会問題化したり、イスラムに捕まった人の写真をふざけたコラージュにしてテロリストの怒りを買ったり。
Facebookのような公開範囲を限定したツールでない限り、世界のどこで誰が見ているか分かりません。
作家さんや週刊誌が情報発信すれば、影響力がある人ほど、激しい批判にさらされます。
同じように、情報発信には常にリスクが伴い、内容如何では身を破滅させます。

しかし情報発信を続ける私たちは、リスクがあるからと情報発信を止めようとは考えません。
リスクを覚悟して、あるいは「下手くそめ」と嘲笑を覚悟して、情報発信を続けるのです。
でなければ、世界中に自由に情報発信ができるこの時代にもったいないではありませんか。
もちろん、誰が見ているか分からないからこそ、誰かを嘲笑したり、傷つけたりすることを控えるのは最低限のルールです。