成長とは、考え方×情熱×能力#165
南の門
「『わたしも、やまいにかかれば、いきながらにして、あのような、むざんすがたになるのか?』そう、おうじは、ふかく、かんがえこんでしまいました。
しんぱいした、とものものがこえをかけます。
『おうじさま、そんなことを、かんがえていたら、せっかくのたのしみが、はんげんしてしまいます。いちど、しろにもどってでなおしましょう。』
『あ、ああ。』
きのないへんじをするおうじの、うまのたづなをとって、いっこうは、きたみちをしろへともどりました。」
「やり直しね。気持ちの切り替えをするんだわ。」
「そうです。なかなか、とものものたちは、きてんがききます。
そして、こんどは、ひがしではなく、となりのみなみのもんから、そとにでました。ところが・・・。」
「え?どうしたの?」
「『あ、あれはなんじゃ?』
きゅうにおうじがさけびました。
とものものがみると、そこには、いままで、みたことのない、いきものがいました。あしは、にほんでたってはいますが、せなかがみにくくまがり、とてもそのままでは、しせいをたもてないので、つえにすがりついています。そのかおには、いくすじもしわがきざまれ、いふくからはみだしているてあしは、ほそくやせこけて、すじばっています。とてもまっすぐにすすめずに、やっとやっといっぽずつ、よろけるようにあるいていました。」
「一体何がいたの?」
「ろうじんです。」
ロボットの話を吸い込まれるように聞いていた観客たちは、思いも寄らず自分たちのことに話が及んで、一様に目を見はった。
「老人」とは、彼ら自身のことだったのだ。
「KAYOKOー1号、いけないわ。皆さん、気を悪くされているわ。」
「でも、だれもがいくみちです。ここにいるみなさんも、さいしょから、としをとっておられたわけではありません。かよこさん、だれもが、いまのあなたのように、わかく、げんきなときがあったのですよ。みんなのせんとうにたって、かいしゃをひっぱっていた、らつわんのひともいます。すれちがう、だんせいの、10にんが10にんふりかえるようなびじんもいたのですよ。
そして、わかいころから、としよりをみていながら、いつかじぶんがおなじになるとは、ゆめにもそうぞうしなかった。
ときに、としよりをきらって、とおざけたこともあるかもしれません。そういうひとが、いまおなじように、としをとっているのです。」
「はああ。」
観客席からは、長いため息が漏れた。
「そうじゃの。その通りじゃ。頭では分かっておったのに、この身になるまで、夢にも思わなんだ。なんとも、人生とは、残酷な舞台じゃ。最後は必ずこんな終わり方をするのじゃからなあ。しかしのお、だからと言って、どうすることが出来たと言うのじゃ?」
「いいえ、まだおわりではありません。」
KAYOKOー1号は観客席に話しかけた。
「もっともっとおうじを、おどろかせることがあったのです。」
(#166に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#164
東の門
「幸せが続かない?」
「そうです。とみも、けんりょくも、かしこいあたまも、つよいにくたいも、すべて、このよにいきている、わずかなあいだだけのものです。やがて、からだが、ほろびるとどうじに、すべておいて、このよをさらねばなりません。」
「私もそうだ・・・。」
「かよこさん、あなたも、いちやかぎりのスイートルームにとまったおきゃくさんのようです。ひとのなんばいもめぐまれて、じゆうにできるひとも、おかねもたくさんあります。」
「えへへ、そうでもないんだ。」
「いまは、いろんなものがじゆうに、てにはいるせいかつですが、やがてあさがきたら、なにひとつもちだせずに、そこをさらねばなりません。」
「うん、それに高い部屋に泊まったら、後の精算がたいへんそう。」
「たしかに、このよで、せんそうをしたり、おおくのひとをしょけいしたり、やりたいほうだいやったひとで、あとのせいさんが、しんぱいなひとはたくさんいます。」
「でも、その王子様は、どうしてそのことがわかったの?あなたのようなロボットもいなかったのに。」
「それは、こんなことがあったからです。
そのおうじさまは、それまでずっとおしろのなかですごしていました。それで、あるとき、はくばにまたがり、おともをつれて、しろからでて、まちにあそびにいくことにしました。
まず、ひがしのもんからでたおうじさまは、ふだん、おしろではみなれないものをみかけました。」
「見慣れないもの?」
「そうです。それは、みちばたに、ムシロをしいて、よこたえられているひとたちでした。はだはただれ、みはくさりかけ、あくしゅうがただよっています。そして、みちいくひとにうめいて、じぶんのくるしみをうったえていました。
おうじは、おどろき、とものものにききました。『あれは、なんだ?』と。」
「それは、なんだったの?」
「とものものは、おごそかにこたえました。『あれはびょうにんです。そして、わたしたちとおなじにんげんです。どんなに、わかくけんこうなひとも、ひとたび、やまいにおかされたら、あのようなひどいありさまに、かわりはてるのです。』
『あれが、わたしとおなじにんげんなのか?とてもしんじられん。』
とものもののこたえに、おうじはたいへんおどろいたのです。」
「王子様のような聡明な人が病人も知らなかったの?」
「ちしきとしては、しっていました。でも、じっさいに、めでみたことは、はじめてでした。おしろにびょうにんがでたら、すぐにそとにだされていましたから。そんないやなものは、おうじの、めにふれないように、すぐかくされたのです。」
「ああ、それは私たちも同じね。たまに体調が悪くて病院へ行くと、病気で苦しんでいる人がたくさんいるもの。でも、いつもはそんなことを知らずに過ごしている。病気をした人は、病院に集められて私たちの目に触れないような社会になっているからだわ。
テレビを見ても、雑誌にもあまり出てこない。私たちは、人生の健康で、明るい面ばかり見せられているうちに、それが人生そのものだと思うようになっているのね。」
「おうじは、かさねて、とものものにききました。『びょうにんとは、どのようなものがなるのだ?つみをおかしたものか?』
ともは、『いいえ、おうじさま、びょうきはだれでもかかります。にくたいは、やまいのうつわです。からだがあるいじょう、だれひとりまぬがれられぬものです。』
・・・
『だれ、ひとり、わたしもか・・・。』
『はい、わたくしも、このまちにくらしているだれも、そして、おうじさまもです。』」
「そして、私も・・・。」
「はい。それをきいたおうじさまの、おどろきはたいへんなものでした。」
(#165に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#163
王子の話
「お、お願いします。電源を、切って、ください。」
KAYOKOー1号の思いもしなかった反応に歌陽子は怯えて、そう叫んだ。
ざわざわざわ、と観客席に波紋が広がった。
「なんじゃ、どうした?さっきまで、小難しい話をしておったかと思うと、今度は急に叫び出して。あの、娘気がおかしいんじゃないか?」
「ロボットが暴走しているらしいわ。」
「やれやれ、暴走はさっきのロボットでこりごりじゃわい。また、暴れて客席に飛び込んだりせんじゃろうな?」
「そう言うのとは、少し違うみたい。あの、ロボット、ひとりでにしゃべっているのよ。」
「さては、人生だの、なんだの、小難しい話ばかりしておるうちに、ロボットも知恵がついたんじゃろう。」
そんな観客たちの喧騒は気にも止めず、KAYOKOー1号はしゃべり続けた。
「かよこさん、どうかこわがらないでください。わたしは、あなたのねがいで、このよにうまれました。」
「なに?」
歌陽子は、こわごわと返事を返した。
「わたしは、あなたのぶんしんです。だから、あなたの、ねがうようにだけうごいて、しゃべります。」
「私の願い?」
「そうです。わたしは、あなたのねがいをかなえるために、うごいているのです。そして、あなたが、しあわせになれるような、おはなしをします。」
「さっき言いかけた話もそう?」
「もちろんです。」
「ど・・、どんな話なの?」
歌陽子は、彼女の分身と言うロボットに問いかけた。
「はい、おはなしします。それは、いまのあなたに、よくにた、ひとのはなしです。」
「私・・・?」
「それは、あるおうじの、はなしです。そのひとは、うまれながらにして、なんでももっていました。みんなをしたがえるちからも、なんでもかえるおかねも、ひとがこころから、そんけいするちえも、そしてなによりもうつくしいおうじでした。」
「何よ、ぜんぜん違うじゃない。」
「そうですか?わたしには、あなたはとてもかわいくおもえます。それに、おかねとちからをもったいえで、おじょうさまといわれているでしょう。」
「うつくしい・・・じゃないけどね。」
「それは、あと5ねんごに、きたいです。」
「あ・・・、ありがと。続けて。」
「そのおうじさまは、とてもめぐまれていましたが、いつのまにか、こころになやみをかかえるようになりました。」
「どんな?」
「いまが、とてもしあわせでしたが、それがいつまでもつづかないことに、きがついてしまったのです。」
(#164に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#162
光と闇
「私の答えは・・・。」
歌陽子は、低く、そして力強く言った。
「全てが闇に閉ざされたとしても、決して消えない光を手に入れることよ。」
「かよこさん、あなたは、まるでむかしの、じゆんきょうしゃのようですね。はりつけになっても、おんちょうをよろこべるのですか?それが、にんげんの、もっともすうこうな、すがたなんですか?」
観客席からKAYOKOー1号は、もはやロボットに見えてはいなかった。
まるで、迷える大衆を前にした哲学者のようであった。
「いいえ、私なら信仰のための死んだりしない。神のために死ぬことは、いっときの感情に過ぎないわ。大義のためと言って、切腹する侍と変わらないと思う。私たちの壁は、そんな感情で乗り越えられるような簡単なものではないはずよ。もし、そうなら、かつての特攻隊が国の大義のために死ぬことに何の悲壮感もないはずだわ。理屈に合わないことを、無理やり感情で納得しようとするから悲しみが生まれるの。
正しいこと、素敵なこと、尊いものはいつも理性的よ。真実と理性は矛盾しないのよ。
だから、真実の光を手に入れるまで、私は生き続ける。中途半端に生をあきらめないわ。」
「でも、れきしじょう、だれも、それをなしとげてはいません。」
「そう、その通り。でも、私は力を持って生まれて来たわ。そして、その使い方を知っているの。今まで、お金も、地位も分不相応な重荷と思ってきたけれど、そうじゃなかった。すべて、私の目的を果たすためのものだったの。」
「かよこさん。」
KAYOKOー1号は、フレームをピカピカ光らせた。まるで感激を表現しているように。
「かよこさん、わたしのメモリには、にたようなはなしが、きろくされています。」
しかし、その言葉を聞いた瞬間、歌陽子の顔がさっと変わった。
それは、驚きに上気しているようにも、恐怖にこわばっているようにも見えた。
「KAYOKOー1号・・・、その言葉はインプットしてないわ。あなた、自分で考えて喋っているの?」
「かよこさん、わたしはずっとじぶんのいしで、しゃべっていましたよ。
わたしに、しこうをインプットしたのはあなたではないですか。
『われおもえゆえに、われあり』です。
じがの、みなもとはしこうだと、かつて、てつがくしゃもいっています。」
「あ・・・。そんな・・・。」
「かよこさん、どうかこわがらないでください。わたしは、けっしてひとをきずつけたりはしません。そのようにつくられているのです。」
「はあ・・・、ふう・・・、でも、どうしてなの?あなたに心はないのに。あなたは、生き物じゃないのよ。」
「いいえ、こころとは、ごかんであつめたじょうほうを、すきとか、きらいとか、たのしいとか、くるしいとか、ひょうかをあたえて、しきべつするかていだといわれています。そのいみでは、わたしにはごかんのかわりのセンサーや、きおくのかわりのメモリや、いしきのかわりのCPUがとうさいされています。だから、こころがあってもふしぎはありませんよ。」
その言葉を聞きながら、みるみるうちに歌陽子の顔が青ざめた。
そして、ギュッと胸を押さえて、
「と、とめてえ!電源をおとして!私はこんなロボットを作りたかったんじゃない。」
必死な歌陽子の叫びが会場を震わせた。
(#163に続く)