成長とは、考え方×情熱×能力#135
目と耳と足と
「わしは『宮本武蔵』が好きでのう。」
「それでは、選んでみましょうか。」
促されて久里山が『宮本武蔵』のタイトルを選ぶと、昭和期の時代劇映画の特徴である重厚な音楽が流れてきた。
「ほお、不思議じゃ。」
「どう、不思議なんですか?」
「あんたも、こちらで聞いてみたら良い。」
「はい。・・・、確かにスッキリとよく聞こえますね。」
「そうじゃろ。あんたのところで作ったんのだから、どう言うことか教えてくれんか?」
「えっと、少しお待ちください。・・・あの、映画の音がすごくいいんですけど・・・、どんな技術を使ってるんですか?・・・え?サラウンド補聴器?音をデジタル解析して、聴きやすく変換して届けてくれるんですか。はい・・・、分かりました。」
ヘッドセットのイアホンを通し、清美は川内から音響システムの仕組みの説明を聞いた。
そして、それを彼女なりに噛み砕いて説明を始めた。
「え、あのですね。歳を取って耳が聞こえなくなるのは、聴覚細胞の老化により、高音域の音が聞き取りづらくなるのが原因です。
補聴器の原理は、聞き取りづらい高い音域をデジタル処理して、聞き取りやすくすることです。ただ、それをすると、映画の音楽も雑音として処理するので、せっかく楽しもうと思っても無味乾燥なツマラナイものになってしまいます。
この仕組みも、周りから聞こえる音を一旦取り込み、デジタル処理をしてノイズや雑音を除きます。そこまでは、いままでの補聴器と同じですが、従来の補聴器は音楽や効果音、抑揚までも単一の聴きやすい音域に変換していました。それに対して、このサラウンド型補聴器システムは、音楽や会話の抑揚をそのままに、特殊なスピーカーを通じて再生します。
そのため、このベッド型ロボットの上では、耳の遠くなった方でも若い頃のように音楽や映画を楽しむことができるのです。」
佐山清美は、久里山一人ではなく、会場全体に話しかけるように技術の説明をした。
しかし、それでも老人たちには、少し難しいようだ。だが、清美が身振り手振りを交えて話すので、退屈そうな顔の老人はいなかった。
「うん、言うことなしじゃよ。だが、あとは自由に歩き回れたらどんなに良いじゃろ。まあ、それは年寄りの贅沢じゃがな。」
「そんなことありませんよ。自由に歩いたり、走ったりできますとも。」
そう言って、清美はベッドセットのマイクに短く依頼を伝えた。
すると、ブースに待機していた技術員が背の低い車椅子を運んできた。
「これが、自由に走り回るための足です。」
だが、それを見た久里山は分かりやすく顔をしかめて不快を表した。
「どうされました?」
「いや、悪いがの、わしはあまり車椅子は好かんのじゃ。杖にすがればなんとか歩けるし、車椅子なんぞに乗るようになったら、それこそ足腰立たんようになるじゃないかね。」
「かも、知れませんね。でも、これは遠くまで移動するための新しい乗り物と思われたらいかがですか?」
「新しい乗り物?」
「はい、いままでは足が思うように動かず、家に閉じこもりがちでした。でも、これからは、新しい足でどんどん外に出かけられるとしたら。また、外の風を思い切り吸い込んで、好きなところへ行って、好きなことができるとしたらどうですか?」
「それは・・・、嬉しいことじゃが・・・。」
久里山はしんみりとした声で答えた。
(#134に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#134
万能ファインダー
「ちょっと、用足しは困るんですけど、代わりに、そうだ、新聞を読みませんか?」
「別に、新聞は朝読んで来たしのお。」
「まあ、そう言われずに。ではまず、あそこの新聞を取ってください。」
「あそこって、手を伸ばして届く位置でないでないか。」
「じゃあ、目の前のファインダーに新聞が映るように動かしてください。」
「ファインダーって、このテレビのことか?」
「あ、はい。そうです。分かりづらくてごめんなさい。」
「こうか?」
「はい、ファインダーに収まると、机の上のものが、色分けして映りますよね。新聞分かります?」
「この赤い色じゃろ?で、どうするんじゃ?」
「では、テレビの新聞を指で押して下さい。」
「こうかの?」
すると、アームはひゅっと新聞まで伸びていき、ゴムで覆われた柔らかなハンドを広げると、クッと新聞を器用につかんで持ち上げた。
そして、そのまま久里山の元に戻ると、どうぞをするように、彼の前で新聞をつかんだハンドを軽く開いた。
「いや、これはいい。これはなんでも掴めるのか?」
「はい、重量制限はありますが、大抵のものを掴むことは可能です。例えば、コーヒーを満たしたカップを中身をこぼさずに運ぶこともできます。」
感心した久里山は新聞を受け取ると、早速読もうと広げてみた。
すると、すかさずハンドが新聞の片側を固定する。同時に目の前のファインダーが水平になり拡大鏡の代わりをした。ファインダーには、新聞の一部が大きく映し出されていた。
「こんなたいそうな虫めがねは要らんがの。」
「まあ、そう言わずに、手でなぞってみてください。」
「ん?おお!これは便利じゃな。」
久里山が手でなぞるに従い、新聞の映し出されている場所が移り変わった。親指と人差し指で、画面の文字を拡大したり、縮小したり、いわゆるスワイプ機能をも、いつの間にか久里山は使いこなしていた。
久里山が新聞をめくろうとすると、それを察知したかのように、ハンドは半分開いて新しいページを受け入れる体制を取った。
そして、新しいページを検知すると、ハンドはまた新聞の片側を優しく押さえた。
「ほう、これは生きておるようじゃな。」
「実は、少しプログラミングしてありまして、新聞とかコップとか、物に合わせてシナリオが用意してあるんですよ。でも、いずれは、その人その人に合わせて、サポートする動作を学習する予定です。」
「賢いのお。じゃが、新聞を読むだけではつまらんぞ。他になんかやってはくれんか?」
「はい、では映画をごらんになりますか?目の前のテレビに話しかけてください。」
「どんなふうに?」
「例えば、『映画』とか『ドラマ』とか、『時代劇』とか。」
「じゃあ、『時代劇』。」
すると、目の前のファインダーが切り替わり、時代劇のタイトルリストが大きな文字で写しだされた。
「おお、『水戸黄門』に『眠狂四郎』に、『宮本武蔵』まであるでないか。」
「はい、お好きなものをどうぞ。」
佐山清美はにっこりと笑いかけた。
(#135に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#133
技術の粋
佐山清美が、三葉ロボテクのベッド型ロボットを、「実際に試してみませんか?」と呼びかけると、それに応じて名乗り出た老人が二人。
一人は、始まる前に歌陽子と会話した、マダム・ピアこと、梨田夫人。
もう一人は、清美の目の前に席を取った男性で、最初から強い興味を示していた。
時間の都合で一人しか体験できないことを伝えても、二人の老人は譲り合うことをしなかった。それで、仕方なく清美は二人をじゃんけん**で競わせた。
そして、その勝者が清美の目の前の老人だった。
足が悪いと思しきその男性は、しかし車椅子に頼らず、一本の杖を頼んで顔をしかめながら立ち上がろうとした。
清美は手を伸ばして、彼を支えて立ち上がらせた。
清美に手をとられて身体を支えられながら、満更でもない様子で老人は介護ロボットに数歩の位置まで近づいた。
「あの、お差し支えなければ、名前を教えて貰えませんか?」
「ん?わしか?わしは久里山じゃ。久里山潔、84歳じゃ。」
「そうですか、私は清美と言います。きよしときよみ、なんだか縁がありますね。」
「こらあ、年寄りをからかっても何も出んぞ。」
そう言って、久里山老人は歯のない口を開けてカカと笑った。
どうやら、清美は老人の緊張を解きほぐすのに成功したようである。
「さ、どうぞ、ここに腰を下ろして下さい。」
清美は、久里山をロボットベッドの一段くぼんでいる片側に導いた。
清美に支えられ、久里山が静かに腰を落とすと、彼女は老人の腕に手を置いて安心させるように声をかけた。
「さあ、力を抜いて下さい。あとはロボットに任せれば間違いないですから。」
「あ、ああ。そうかの。」
とは言え、実際に装置に身を委ねるとなるとやはり緊張をする。
久里山が座った右側が操作盤であった。
清美は、老人の不安をほぐすように腕に手を置きながら、
「では、このボタンを押してみて下さい」と「アガル」と書いてあるボタンを指し示した。
老人は、少しビクつきながらボタンを押し、やがてゆっくりとモーターが周り始める。
そこで、清美は一歩後ろに引き、鉄のアームの可動域を確保した。
アームが滑らかに動き、久里山の脇に寄り添うと、彼は自然にそれに身を預けた。
彼が座っている窪みが張り出して、久里山はその動きに従って膝を伸ばし、やがて足全体を乗せる形になった。それはアームに身を預け、上体を起こしてベッドと垂直に足を伸ばして座っている形である。
そして、その垂直な張り出しがベッド方向に回転し、同時に上に上がり始めた。
上に上がった張り出しが、窪みにぴったりと収まると、久里山は何の苦もなくベッドに乗っていた。
「これはよくできとるの。」
「そうでしょ。では、何か今したいことはありますか?」
「そうじゃの。そう言えばトイレに行きたくなったかのう。」
「トイレは・・・、あくまで展示用なので、そこまでの対応はちょっと。」
絵を想像したのか、少しもじもじする清美。
「こら、久里さん、若い子を困らせてはならんぞ。」
久里山の友人と思しき老人が前の方から野次を飛ばした。
「分かっとる、わしもこんなところでズボンは脱ぎとうない。冗談じゃよ。」
「え・・・、えへへ。」
答えに窮して、笑って誤魔化すしかない清美であった。
(#134に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#132
ベッド型ロボ
呼ばれて、ステージに出た佐山清美。
マイクの前まで進んで、そこでぺこりと頭を下げた。
パチパチと聴衆が拍手で出迎える。
顔を上げた清美は、向かって観客席左手後方の歌陽子と目が合った。
歌陽子は、清美のこと応援したいような、してはいけないような複雑な表情を浮かべている。
しかし、清美は歌陽子のそんな気持ちにも頓着せずに、ニッと笑って手を振った。
全く練習も何もしていないのに、始めてのステージでも動じない、その清美に歌陽子はとても感心した。
そして、吹っ切れたように手を振りながら、声を出した。
「清美さ〜ん、頑張って!負けるな〜!」
周りの視線を集めるのも構わず、歌陽子は大きな声で応援した。
(全く、何言ってんだろ、この子。負けるなって、競争相手に言うことじゃないわよ。)
でも、いかにも歌陽子らしいと思い直して、清美もまたエールを返した。
「かよちゃ〜ん、あんたもね。頑張るんだよ〜。」
お互いライバルなのに、エールを送りあう二人に、会場からは笑い声が漏れた。
二人の関係が滑稽だったのか、あるいは彼女たちの友情に微笑んだのか、あるいは場をわきまえない二人に苦笑いをしたのかも知れない。
そして、佐山清美は、観客席に向き直ると第一声を発した。
「それでは、私たち三葉ロボテクの技術の粋を凝らした、自立駆動型介護ロボット『SR-K01』についてご説明します。では、お願いします。」
すると、中央のブースからはピットクルーよろしく数人の技術員が飛び出し、ブース内に展示してあった大きな装置を運びだした。
そして、清美のいる簡易ステージにまで引き出すと、そこで2、3の部品を取り付けて、スイッチを入れた。
ウィーン。
静かなモーター音をさせて、装置に取り付けられたアームが右へ左へ、上へ下へと対象物を探して動き回る。
「あの。」
前の席に座った老人が声を掛ける。
それに対して、総務仕込みの丁寧な応対をする清美。
「はい、何でしょう。」
「ちょっと、ゴテゴテしとるが、それは普通のベッドではないかね?」
「はい。ベッドです。と言うか、ベッド型ロボットです。
あ、少し説明しますね。 」
おそらく、ベッドセットから川内の指示がリアルタイムで飛んでいるのだろう。淀みなく、清美が答える。
それでも、川内の男言葉を、柔らかな彼女の言葉に瞬時に変換するのはさすがである。
「このロボットのコンセプトは、ご高齢の皆さんがどうしても付き合う時間の長くなるベッドを、快適な生活空間に変えることです。
そのためにあえて、ロボットをベッド型にしました。このロボットを通じて、皆さんが加齢とともに失ってしまった能力を取り戻すことができます。
では、実際に体験していただくのが一番です。どなたかご協力いただける方はありませんか?」
佐山清美に促された老人たちは、互いに顔を見合わせた。試してみたい半分、怖いのが半分。
しかし、その時、ほぼ同時に二人の老人が手を挙げた。
「はい、やらしてくれ。」
「はい、お願いします。」
一人は、先ほど清美に前の席から呼びかけた男性。
そして、もう一人は、右前方の車椅子に腰をかけたマダム・ピアだった。
かち合った以上は仕方ない。二人は清美がどちらかを指名してくれるのを待った。
だが、清美は彼女自ら指名することをせず、再度二人に問い直した。
「時間の都合でお一人にしかお試しいただけません。ついては、相手の方に譲っても良いと思われる方は手を下げてくださいませんか?」
それで、少しの間だけ待つ。
しかし、二人の老人は手を挙げた姿勢のまま、びりっとも動かなかった。
二人とも頑固な老人と見えて、一度挙げた手は簡単には下がらない。
それで、清美から再提案した。
「では、お二人とも、じゃんけんで決めましょう。」
その時、清美のベッドセットに雑音が入った。
「こら、何まどろこしいことやっているんだ。時間がないだろ。さっさと、目の前の年寄りを指名しろ!」
川内である。
だが、清美は聞かないフリをして続けた。
「はい、ジャンケンポン。」
二人は高く挙げた手のそのままで互いにグーチョキパーの形を作った。
そして、1回目はパー同士。
「はい、あいこでしょ。」
今度はグー同士。
「はい。」「あいこでしょ。」
会場の老人たちが楽しそうに清美に声を合わせた。
それでも、チョキのあいこだった。
「あいこでしょ。」
会場はにわかジャンケン大会で盛り上がっている。
そして、
「ああ、負けた。」
「よし、わしの勝ちじゃ。」
やっと4回目で勝負がついた。
嬉しそうに勝ち名乗りを挙げたのは、清美の前に座っている老人。
会場が拍手で包まれた。
(#133に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#131
トップバッター
佐山清美は、スポットライトの中で決まり悪そうにしている。
服装は先ほどまでと同じ、三葉ロボテクの事務員の制服。ヘッドセットだけはそれらしいが、全体に場違いな感じがありありと漂う。
他にいくらでも代わりはいたろうに、なぜ川内は彼女を指名したのか?
話は一ヶ月前に遡る。
総務部の彼女は、割と自由にいろいろな部署に顔を出す。普通ならメールで済ますことも、わざわざ相手の部署に出向いて口頭で伝えたり、手渡しで書類を渡したりした。
その小さな努力が実って、会社ではとても人気があった。
その清美が、ある時開発部技術第一課の仕切られたスペースの中に、普段見慣れないロボットを見かけた。技術第一課は、新技術の研究開発をする部署である。
人知れずロボット女子を自認している清美は、また新しいロボットが製作されているかとワクワクして、近くにいる技術者に聞いた。
「あれ、試作品ですか?」
そばの技術者も相手が人気者の清美だから、つい口が軽くなった。
「あ、あれ?去年からやってるんだ。なんでもロボットコンテストに出すとかでさ。」
(あ、かよちゃんがやってるのだ。)
「あの、これってどう動くんですか?」
「うん、これはまだ一部でさ。ここにアームが着いたり、イアホンや拡大鏡がついたりするんだ。」
「へえ、腕と目と耳ですね。じゃあ、後、足がついたりするんですか?例えば、車椅子とか?」
「え?ああ、まあ・・・。」
(この娘、鋭いなあ。)
そこへ、
「こらっ、お前!部外者が勝手に入っていいところじゃないんだぞ!」と怒声が飛んだ。
技術第一課に自席のある川内が帰るなり、目ざとく佐山清美を見つけて怒鳴りつけたのだ。
「あ、ぶ、部長・・・。」
「あ、部長じゃない!こいつは第五課の東大寺歌陽子の知り合いだぞ。技術が漏れたらどうするんだ。」
「す、すいません。」
川内の剣幕に、課内の雰囲気はピンと張り詰めた。
「たく、こんなに簡単に部外者を入れやがって。セキュリティはどうなってるんだ。」
「あの・・・。」
清美が口を挟んだ。
「何だ!」
「総務部は万能の認証カードを持たされてまして・・・。」
「バカやろ!だからって、用もないのにチョロチョロするな!」
「ひっ。」
清美は、川内の剣幕にたじたじとなった。
川内はギロリと睨んで、
「いいか、ここで見たことは決して漏らすんじゃねえぞ。」
「も、もちろんです。総務部は口が固くなくては務まりません。社員の皆さんの給与明細から、マイナンバーまで閲覧できる立場ですから。それに・・・。」
「それに、何だ?」
「皆さんの経費明細が少しばかりおかしいなあ、と思っても、内々で問題ないように処理することもありますし。」
「な・・・。」
そこで、川内は清美に顔を寄せて、小声で言った。
「おい、お前、脅してるのか?」
「め、滅相もありません。ただ、部長さえ良ければ、たまに見学させて貰えないかな、って。」
「バァカ、出直して来い。」
「はあい。出直して来ます。」
そして、その言葉の通り、清美はちょくちょく出直して来た。
もう、ロボットコンテスト用のロボットは、他に移してあったが、その場にいる技術員にいろんなことを質問しては感心していた。
川内が調べてみると、入社時は開発部志望だったと言う。
(技術好き女子って訳か。だが、それにしても勘がいい。総務部にしておくには、ちと勿体ないな。)
そして、川内の中で、佐山清美をいつか開発に引っ張りたいと思っていた折、そんな縁もあって、思い切って清美に今回のプレゼンを任せることにした。
「おい、余計なことは一切言うなよ。俺が指示するようにだけ喋ればいいんだ。わかったか?」
「はい。」
ブースの裏手で、佐山清美が川内からレクチャーらしきものを受けている。
「もしな、今回うまくやれたら、最初の希望通り開発部への移動も考えてやる。」
「ほ、本当ですか?頑張ります。」
目を輝かせて、清美が答える。
「いいか、これは実に名誉なことなんだぞ。それをよく肝に銘じておくんだ。」
「はい。でも、本来部長のお仕事ではなかったですか?」
「おい!もうその話はいい。」
そう、東大寺グループ代表、東大寺克徳の前で、娘の歌陽子を叱り飛ばし、あるいは小馬鹿にするようなことを言った。そして、それに克徳はたいへん気分を害したようだった。
そこへ、プレゼンターとして出て行ったら、どんな結果が待っているか。
それを想像した川内は身震いをした。
やがて、司会の呼ぶ声が聞こえる。
「エントリーナンバー1、自立駆動型介護ロボット『SR-K01』のプレゼンテーションをお願いします。」
「じゃあな、頑張ってこい。」
「はい、頑張ります。」
(#132に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#130
女子供
「宙?どうして?」
歌陽子の口からからつぶやきが漏れた。
脇にノートパソコンを抱え、ヘッドセットをつけた、ストライプシャツとジーンズの少年。
その細身で華奢な体で、今から聴衆を相手にプレゼンテーションを行うと言う。
無口な老人たちの口からも、ざわざわと囁きが漏れた。
司会者は、聴衆を驚かせた少年の素性を皆に明かした。
「出展名『ARTIFICIAL BODY』のプレゼンターは、まだわずか14歳の少年です。しかし、彼は天才少年として技術愛好家の中では有名な存在です。そして、彼はあの東大寺歌陽子嬢の弟であります。才媛のお姉さんに対して、天才少年。まさに、この兄弟対決、果たして勝敗はどうなりますか。」
紹介を受けた宙は、歌陽子の方に向かってニッと笑った。
自分たちのロボットによほど自信があるから、歌陽子を叩き潰す役を自ら買って出たと言うことなのか。
歌陽子はいたたまれなくなって、つい目をそらした。そして、その歌陽子の様子に満足したのか、ノートパソコンを手に持ち替えて高々と差し上げた。
自信たっぷりの表情は、まるでホームラン予告をしているバッターのようである。
「代表、まさかあなたがここまで入れ込んでおられるとは驚きです。」
非常に感心した表情を作って、牧野は東大寺克徳に言った。
「何がですか?」
牧野の腹ぞこが手に取るように分かる克徳は、渋い顔をしながら返した。
「今日のプレゼンターの二人までが代表のお子さんですからね。しかも、あの宙君でしたか、あんな年端もいかない子供に、いつか会社を任せて欲しいと言われた時は肝を潰しましたよ。」
一層の渋ヅラをして、
「世迷言です。どうか気にせんでください。それに恥ずかしいことですが、宙のやつ、最近やたら歌陽子を意識するようになりましてな。ことあるたびに対抗意識を燃やすのです。」
「はあ、私らつまり兄弟喧嘩に付き合わされていると、そう言うことですか?」
「いや、それを言っては身も蓋もない。彼らは年は若いが、東大寺の名に恥じないプレゼンテーションをすると信じています。」
「ですが・・・、あっ、代表、コーヒーはいかがですか?」
牧野は一旦言いかけた言葉を切って、部下から渡されたコーヒーを克徳に勧めた。
「や、どうも。牧野さん、今何か言いかけませんでしたか?」
「ああ・・・、実は私どものプレゼンターは、超ベテランで、我が社の開発のトップです。ですから、こう言っては失礼ですが、女子供が相手では、少し不公平が過ぎると思いましてな。」
鼻から息を抜きながら、克徳は無言で応じた。いくら行きがかり上、ことここに至ったとは言いながら、正直腹に据えかねた。しかし、歌陽子と宙が遅れを取ることがあれば、克徳の面目は丸潰れになる。
そして、スポットは三人目のプレゼンターを求めて動き始めた。
今度は、プレゼンターが照らし出される前に司会者が紹介を始めた。
「さて、自立駆動型介護ロボット、3つ目は我が社の技術の粋を凝らした『SR-K01』を紹介いたします。プレゼンターは、我が三葉ロボテク開発部のエース、川内です。
川内は、我が社の開発全般を束ねる責任者であり、製品開発の要です。
他のプレゼンターのような花はありませんが、プロならではの内容の濃いブレゼンテーションをご期待下さい。」
そして、スポットが中央のブースに姿を現した人物を捉えた。
余裕たっぷり、コーヒーを口に運んで見ていた牧野であったが、そのスポットに照らし出された姿にコーヒーを吹き出しそうになった。
「は、どう言うことだ?何か間違っていないか?」
そして、慌てて携帯電話を取り出すと、川内の番号をダイヤルした。
トゥルルルルル。ガチャ。
「はい、川内部長の携帯です。」
「おい、お前は誰だ?」
「し、社長。」
「おい、川内はどうした?川内を出せ。」
「え・・・、その・・・、川内部長は体調を悪くしてプレゼンテーションはできません。それで・・・、代役を立てました。」
「バ、バカモン!」
ガチャ。
「いやあ、牧野社長、私に対するお気遣いですかな。女子供ばかりでのプレゼンなら、むしろ公平ですな。」
克徳が愉快そうに返した。そして、今度渋ヅラを作るのは牧野の方だった。
中央のスポットに照らされた人物、
それは、
総務部の佐山清美であった。
(#131に続く)
成長とは、考え方×情熱×能力#129
プレゼンターズ
司会者は、続ける。
「まだ寒さも厳しい折にも関わらず、今日は皆様にお集まりいただきましたこと、まことに有難うございます。
私たち東大寺グループ、および三葉ロボテクは、今の豊かな社会の継続のため、新たな取り組みが必要と考えております。
私たちが危惧する未来の姿は、介護人口の増加と、介護を行う人員の不足です。
私たち一人一人の願いは、誰もが命のある限り満足な生を生き遂げることです。しかし、著しい人員不足が、私たちにそれを許さなくなるのです。
助けを求めているのに、助けが来ない。助けたいのに、助ける手が足りない。
そんな未来には、私たちは豊かな人生を諦めざるを得ないでしょう。
しかし、私たち人類の歴史を紐解けば、疫病や飢餓、そして災害などが私たちの生存を脅かした時、技術革新で何度も危機を乗り越えて来ました。
そして、今の時代の私たちも、やがて訪れる危機に手をこまねいて待つのでなく、革新的な技術で豊かな未来を開きたいと願うのです。
今日、皆さんに見ていただくのは、私たち三葉ロボテクがご提案する、高齢者介護の未来です。私たちの専門であるロボットが作る明るい未来をご覧ください。」
そこで、司会者の話は一旦途切れた。それに合わせて、まばらに拍手が起きる。
と、そこで会場のライトが暗くなった。
スポットが天井に照射され、やがて2つ、3つとその数を増やしていった。
複数のスポットは、互いに交差しながら、会場をきままに飛び回り、やがて、ステージ集まって、司会者を明るく照らした。
「さて、ここで、今日皆さんにロボットを紹介するプレゼンターを紹介します。」
司会者に当たっていたスポットの一つが、傍にそれ、右手のブースの前に立っている人物を照らした。
「牧野社長、少し芝居掛かってはいませんか?」
諸事、派手を嫌う東大寺グループ代表、東大寺克徳が聞いた。
「いいえ、代表。相手は高齢者たちです。ここまで、派手にやらないと半分以上寝てしまいますよ。」
スポットの中に浮かび上がった人物は、東大寺家令嬢の歌陽子であった。
「ご紹介します。自律駆動型介護ロボット『KAYOKOー1号』のプレゼンターは、東大寺歌陽子嬢です。東大寺嬢は、若干21歳、今年入社した社会人1年目の新人ながら、本プロジェクトを引っ張ってきました。まさに、才色兼備の才媛であります。」
(誰が書いたの?この原稿?)
少し盛り気味の紹介に心で苦笑いしながら、それでも満面の笑みを浮かべて、会場に向けて大きく手を振った。
それに、わあっと会場が沸き立ち、山鳴りのような拍手が起こった。
「さすが、嬢ちゃん。年寄りの気持ちをつかませたら右に出るもんはいやしねえ。」
ブースの裏では、前田町が感心していた。
一方、
「娘さん、なかなかやりますな。お父様も、さぞ鼻が高いでしょう。」
「いや、多少手を叩いて貰ったくらいで舞い上がるようでは、たかが知れていますよ。大事なのは、プレゼンテーションの中身ですからね。」
にこりともせずに、克徳は牧野に返した。
中には、
「あれ、あんな可愛い娘、うちにいたか?」と聞いている男子社員もいた。
安希子のメークの威力は抜群だった。
「ばあか、ちゃんと紹介聞いてろよ。あれは東大寺のとこの娘だよ。」
「へえ、あれが?見違えちゃったよ。」
次にスポットは会場の左に移った。
そして、左側の人物の影を照らした。
それは、宙とオリヴァーのブースだった。
そして、当然オリヴァーがプレゼンターに立つと思いきや、スポットに照らし出されたのは、
「宙!どうして?」
(#130に続く)