今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#131

(写真:富士登山)

トップバッター

佐山清美は、スポットライトの中で決まり悪そうにしている。
服装は先ほどまでと同じ、三葉ロボテクの事務員の制服。ヘッドセットだけはそれらしいが、全体に場違いな感じがありありと漂う。
他にいくらでも代わりはいたろうに、なぜ川内は彼女を指名したのか?

話は一ヶ月前に遡る。
総務部の彼女は、割と自由にいろいろな部署に顔を出す。普通ならメールで済ますことも、わざわざ相手の部署に出向いて口頭で伝えたり、手渡しで書類を渡したりした。
その小さな努力が実って、会社ではとても人気があった。
その清美が、ある時開発部技術第一課の仕切られたスペースの中に、普段見慣れないロボットを見かけた。技術第一課は、新技術の研究開発をする部署である。
人知れずロボット女子を自認している清美は、また新しいロボットが製作されているかとワクワクして、近くにいる技術者に聞いた。

「あれ、試作品ですか?」

そばの技術者も相手が人気者の清美だから、つい口が軽くなった。

「あ、あれ?去年からやってるんだ。なんでもロボットコンテストに出すとかでさ。」

(あ、かよちゃんがやってるのだ。)

「あの、これってどう動くんですか?」

「うん、これはまだ一部でさ。ここにアームが着いたり、イアホンや拡大鏡がついたりするんだ。」

「へえ、腕と目と耳ですね。じゃあ、後、足がついたりするんですか?例えば、車椅子とか?」

「え?ああ、まあ・・・。」

(この娘、鋭いなあ。)

そこへ、

「こらっ、お前!部外者が勝手に入っていいところじゃないんだぞ!」と怒声が飛んだ。

技術第一課に自席のある川内が帰るなり、目ざとく佐山清美を見つけて怒鳴りつけたのだ。

「あ、ぶ、部長・・・。」

「あ、部長じゃない!こいつは第五課の東大寺歌陽子の知り合いだぞ。技術が漏れたらどうするんだ。」

「す、すいません。」

川内の剣幕に、課内の雰囲気はピンと張り詰めた。

「たく、こんなに簡単に部外者を入れやがって。セキュリティはどうなってるんだ。」

「あの・・・。」

清美が口を挟んだ。

「何だ!」

「総務部は万能の認証カードを持たされてまして・・・。」

「バカやろ!だからって、用もないのにチョロチョロするな!」

「ひっ。」

清美は、川内の剣幕にたじたじとなった。

川内はギロリと睨んで、

「いいか、ここで見たことは決して漏らすんじゃねえぞ。」

「も、もちろんです。総務部は口が固くなくては務まりません。社員の皆さんの給与明細から、マイナンバーまで閲覧できる立場ですから。それに・・・。」

「それに、何だ?」

「皆さんの経費明細が少しばかりおかしいなあ、と思っても、内々で問題ないように処理することもありますし。」

「な・・・。」

そこで、川内は清美に顔を寄せて、小声で言った。

「おい、お前、脅してるのか?」

「め、滅相もありません。ただ、部長さえ良ければ、たまに見学させて貰えないかな、って。」

「バァカ、出直して来い。」

「はあい。出直して来ます。」

そして、その言葉の通り、清美はちょくちょく出直して来た。
もう、ロボットコンテスト用のロボットは、他に移してあったが、その場にいる技術員にいろんなことを質問しては感心していた。
川内が調べてみると、入社時は開発部志望だったと言う。

(技術好き女子って訳か。だが、それにしても勘がいい。総務部にしておくには、ちと勿体ないな。)

そして、川内の中で、佐山清美をいつか開発に引っ張りたいと思っていた折、そんな縁もあって、思い切って清美に今回のプレゼンを任せることにした。

「おい、余計なことは一切言うなよ。俺が指示するようにだけ喋ればいいんだ。わかったか?」

「はい。」

ブースの裏手で、佐山清美が川内からレクチャーらしきものを受けている。

「もしな、今回うまくやれたら、最初の希望通り開発部への移動も考えてやる。」

「ほ、本当ですか?頑張ります。」

目を輝かせて、清美が答える。

「いいか、これは実に名誉なことなんだぞ。それをよく肝に銘じておくんだ。」

「はい。でも、本来部長のお仕事ではなかったですか?」

「おい!もうその話はいい。」

そう、東大寺グループ代表、東大寺克徳の前で、娘の歌陽子を叱り飛ばし、あるいは小馬鹿にするようなことを言った。そして、それに克徳はたいへん気分を害したようだった。
そこへ、プレゼンターとして出て行ったら、どんな結果が待っているか。
それを想像した川内は身震いをした。

やがて、司会の呼ぶ声が聞こえる。

「エントリーナンバー1、自立駆動型介護ロボット『SR-K01』のプレゼンテーションをお願いします。」

「じゃあな、頑張ってこい。」

「はい、頑張ります。」

(#132に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#130

(写真:夜明けの大日ヶ岳)

女子供

「宙?どうして?」

歌陽子の口からからつぶやきが漏れた。

脇にノートパソコンを抱え、ヘッドセットをつけた、ストライプシャツとジーンズの少年。
その細身で華奢な体で、今から聴衆を相手にプレゼンテーションを行うと言う。
無口な老人たちの口からも、ざわざわと囁きが漏れた。

司会者は、聴衆を驚かせた少年の素性を皆に明かした。

「出展名『ARTIFICIAL BODY』のプレゼンターは、まだわずか14歳の少年です。しかし、彼は天才少年として技術愛好家の中では有名な存在です。そして、彼はあの東大寺歌陽子嬢の弟であります。才媛のお姉さんに対して、天才少年。まさに、この兄弟対決、果たして勝敗はどうなりますか。」

紹介を受けた宙は、歌陽子の方に向かってニッと笑った。
自分たちのロボットによほど自信があるから、歌陽子を叩き潰す役を自ら買って出たと言うことなのか。

歌陽子はいたたまれなくなって、つい目をそらした。そして、その歌陽子の様子に満足したのか、ノートパソコンを手に持ち替えて高々と差し上げた。
自信たっぷりの表情は、まるでホームラン予告をしているバッターのようである。

「代表、まさかあなたがここまで入れ込んでおられるとは驚きです。」

非常に感心した表情を作って、牧野は東大寺克徳に言った。

「何がですか?」

牧野の腹ぞこが手に取るように分かる克徳は、渋い顔をしながら返した。

「今日のプレゼンターの二人までが代表のお子さんですからね。しかも、あの宙君でしたか、あんな年端もいかない子供に、いつか会社を任せて欲しいと言われた時は肝を潰しましたよ。」

一層の渋ヅラをして、

「世迷言です。どうか気にせんでください。それに恥ずかしいことですが、宙のやつ、最近やたら歌陽子を意識するようになりましてな。ことあるたびに対抗意識を燃やすのです。」

「はあ、私らつまり兄弟喧嘩に付き合わされていると、そう言うことですか?」

「いや、それを言っては身も蓋もない。彼らは年は若いが、東大寺の名に恥じないプレゼンテーションをすると信じています。」

「ですが・・・、あっ、代表、コーヒーはいかがですか?」

牧野は一旦言いかけた言葉を切って、部下から渡されたコーヒーを克徳に勧めた。

「や、どうも。牧野さん、今何か言いかけませんでしたか?」

「ああ・・・、実は私どものプレゼンターは、超ベテランで、我が社の開発のトップです。ですから、こう言っては失礼ですが、女子供が相手では、少し不公平が過ぎると思いましてな。」

鼻から息を抜きながら、克徳は無言で応じた。いくら行きがかり上、ことここに至ったとは言いながら、正直腹に据えかねた。しかし、歌陽子と宙が遅れを取ることがあれば、克徳の面目は丸潰れになる。

そして、スポットは三人目のプレゼンターを求めて動き始めた。
今度は、プレゼンターが照らし出される前に司会者が紹介を始めた。

「さて、自立駆動型介護ロボット、3つ目は我が社の技術の粋を凝らした『SR-K01』を紹介いたします。プレゼンターは、我が三葉ロボテク開発部のエース、川内です。
川内は、我が社の開発全般を束ねる責任者であり、製品開発の要です。
他のプレゼンターのような花はありませんが、プロならではの内容の濃いブレゼンテーションをご期待下さい。」

そして、スポットが中央のブースに姿を現した人物を捉えた。
余裕たっぷり、コーヒーを口に運んで見ていた牧野であったが、そのスポットに照らし出された姿にコーヒーを吹き出しそうになった。

「は、どう言うことだ?何か間違っていないか?」

そして、慌てて携帯電話を取り出すと、川内の番号をダイヤルした。

トゥルルルルル。ガチャ。

「はい、川内部長の携帯です。」

「おい、お前は誰だ?」

「し、社長。」

「おい、川内はどうした?川内を出せ。」

「え・・・、その・・・、川内部長は体調を悪くしてプレゼンテーションはできません。それで・・・、代役を立てました。」

「バ、バカモン!」

ガチャ。

「いやあ、牧野社長、私に対するお気遣いですかな。女子供ばかりでのプレゼンなら、むしろ公平ですな。」

克徳が愉快そうに返した。そして、今度渋ヅラを作るのは牧野の方だった。

中央のスポットに照らされた人物、

それは、

総務部の佐山清美であった。

(#131に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#129

(写真:ライク ア イーグル)

プレゼンターズ

司会者は、続ける。

「まだ寒さも厳しい折にも関わらず、今日は皆様にお集まりいただきましたこと、まことに有難うございます。
私たち東大寺グループ、および三葉ロボテクは、今の豊かな社会の継続のため、新たな取り組みが必要と考えております。
私たちが危惧する未来の姿は、介護人口の増加と、介護を行う人員の不足です。
私たち一人一人の願いは、誰もが命のある限り満足な生を生き遂げることです。しかし、著しい人員不足が、私たちにそれを許さなくなるのです。
助けを求めているのに、助けが来ない。助けたいのに、助ける手が足りない。
そんな未来には、私たちは豊かな人生を諦めざるを得ないでしょう。
しかし、私たち人類の歴史を紐解けば、疫病や飢餓、そして災害などが私たちの生存を脅かした時、技術革新で何度も危機を乗り越えて来ました。
そして、今の時代の私たちも、やがて訪れる危機に手をこまねいて待つのでなく、革新的な技術で豊かな未来を開きたいと願うのです。
今日、皆さんに見ていただくのは、私たち三葉ロボテクがご提案する、高齢者介護の未来です。私たちの専門であるロボットが作る明るい未来をご覧ください。」

そこで、司会者の話は一旦途切れた。それに合わせて、まばらに拍手が起きる。
と、そこで会場のライトが暗くなった。
スポットが天井に照射され、やがて2つ、3つとその数を増やしていった。
複数のスポットは、互いに交差しながら、会場をきままに飛び回り、やがて、ステージ集まって、司会者を明るく照らした。

「さて、ここで、今日皆さんにロボットを紹介するプレゼンターを紹介します。」

司会者に当たっていたスポットの一つが、傍にそれ、右手のブースの前に立っている人物を照らした。

「牧野社長、少し芝居掛かってはいませんか?」

諸事、派手を嫌う東大寺グループ代表、東大寺克徳が聞いた。

「いいえ、代表。相手は高齢者たちです。ここまで、派手にやらないと半分以上寝てしまいますよ。」

スポットの中に浮かび上がった人物は、東大寺家令嬢の歌陽子であった。

「ご紹介します。自律駆動型介護ロボット『KAYOKOー1号』のプレゼンターは、東大寺歌陽子嬢です。東大寺嬢は、若干21歳、今年入社した社会人1年目の新人ながら、本プロジェクトを引っ張ってきました。まさに、才色兼備の才媛であります。」

(誰が書いたの?この原稿?)

少し盛り気味の紹介に心で苦笑いしながら、それでも満面の笑みを浮かべて、会場に向けて大きく手を振った。
それに、わあっと会場が沸き立ち、山鳴りのような拍手が起こった。

「さすが、嬢ちゃん。年寄りの気持ちをつかませたら右に出るもんはいやしねえ。」

ブースの裏では、前田町が感心していた。

一方、

「娘さん、なかなかやりますな。お父様も、さぞ鼻が高いでしょう。」

「いや、多少手を叩いて貰ったくらいで舞い上がるようでは、たかが知れていますよ。大事なのは、プレゼンテーションの中身ですからね。」

にこりともせずに、克徳は牧野に返した。

中には、

「あれ、あんな可愛い娘、うちにいたか?」と聞いている男子社員もいた。
安希子のメークの威力は抜群だった。

「ばあか、ちゃんと紹介聞いてろよ。あれは東大寺のとこの娘だよ。」

「へえ、あれが?見違えちゃったよ。」

次にスポットは会場の左に移った。
そして、左側の人物の影を照らした。

それは、宙とオリヴァーのブースだった。
そして、当然オリヴァーがプレゼンターに立つと思いきや、スポットに照らし出されたのは、

「宙!どうして?」

(#130に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#128

(写真:空への憧憬)

思惑

三葉ロボテク、ロボットコンテストに参加する3つのブースをバックに簡易なステージが作られ、マイクスタンドが置かれた。
ステージの目の前の観客席には、今日の主賓である高齢者とその介護家族、そして、三葉ロボテクと東大寺グループの面々が顔を揃えていた。
観客席の中央後方、少し段差をつけて高くなっている場所に、東大寺グループ代表、東大寺克徳とその側近数名が席を取り、その中に今回の立役者の一人、村方の姿も見えた。
そして、克徳のすぐ横には、三葉ロボテク社長の牧野が座っている。牧野の後ろには、専務、常務の役員たちがいた。

克徳と牧野は決してウマが合うわけではない。むしろ、今回のことでそれぞれの思惑がぶつかっていた。
自立駆動型介護ロボット事業を推し進めたい東大寺グループとしては、なんとしても産業ロボット製造の中核メーカー、三葉ロボテクに参画して貰いたい。
その時、たまたま同社に席を置いていた令嬢の歌陽子に権限を与えて、交渉に当たらせることにした。
もちろん、歌陽子がどこまでやれるかを試すのが目的だったから、あまり大きな期待を寄せていた訳ではない。
しかし、その歌陽子から思いも寄らず、ロボットコンテストと言う話が飛びだした。
最初から、自立駆動型介護ロボットでは、はねつけられるだろう。それで、父親である克徳の名前を使って、今回は大々的に全社で行うことを了承させた。その上で、出展作品に『自立駆動型介護ロボット』で申し込んだ。それも、東大寺歌陽子の名前で。
これは、東大寺グループ差し金の出来レースだと、誰もが考える。
東大寺グループ代表の目の前で、社員の立場を利用して、『自立駆動型介護ロボット』をブレゼンするのである。
これで、三葉ロボテクは、『自立駆動型介護ロボット』開発の意思ありと認めたことになる。
だが、仕掛けているのは、三葉ロボテクの社員の立場ではあったが、レッキとした東大寺の身内。完全に騙し討ちである。

もちろん、三葉ロボテク側としては握りつぶすことも可能だった。
しかし、その他の参加希望者たちを一切退けて、最強チームで迎え撃つことに決めたのは、社員の牧野自身だった。
しかも『自立駆動型介護ロボット』と、同じテーマをぶつけて、歌陽子たちの目論見を叩き潰すために。
チームビルディングは、コンテストから2週間で完了した。そして、水面下で準備を進めて、克徳と歌陽子の目の前でハッキリ戦線布告したのは今年の1月2日だった。

なぜ、そこまで牧野は歌陽子たちに対抗意識を燃やすのか。
それは、AIをベースとする自立駆動型ロボットはまだ市場展開まで時間がかかる。その間の開発にエース級の人材を取られては、本業の市場競争力が損なわれてしまう。
それで、『自立駆動型介護ロボット』開発のオファーはあえて返事を保留してきた。有り体に言えば無視をした。
だが、思わぬ伏兵であった歌陽子の手引により、ことここに至った以上は敢えて受けて立つしかなかった。
そして、それは既存技術ベースの採算性の高いモデルをぶつけ、東大寺グループの意思を三葉ロボテク寄りに補正するためである。

立場からすれば、克徳と牧野は上司と部下の間がらだったが、この場の二人は別の思惑を持った競争相手に他ならなかった。

やがて、ステージには三葉ロボテクから選抜された司会者が立った。

「皆さん、時刻となりましたので、今から三葉ロボテク主催のロボットコンテストを開催いたします。」

(#129に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#127

(写真:御園座ver.2)

カウントダウン

「嬢ちゃん、そろそろ始まるぞ〜!」

会場前方から、前田町が呼びかける。

「はあい!いま、行きます!」

「かよちゃん!」

「はい。」

「頑張って!」

佐山清美が、歌陽子に向けて親指を立てて拳を突き出した。

「はい!行って来ます。」

元気よく答えて、自分のブースにカタカタと駆けていく歌陽子を見送りながら、清美が言った。

「あの娘、天然の振りして、実はなかなかやるのよね。ヤッパリ、東大寺の血は争えないってこと?」

「なあ・・・。」

「え?あ、川内部長、まだおられたんですか?」

そこには、打ちひしがれている川内の姿。

「悪いか。それより、佐山。お前、あいつが東大寺の娘だって知ってたんだろ?なんで、教えてくれなかたんだ?」

「そ、それは、部長も当然ご存知かと・・・。」

「知るもんか、そんなこと。だいたい、あの二人ぜんぜん似てないだろ!」

「そう言えばそうですね。かよちゃんは、どちらかと言えばお母さん似かな。うふふ。」

「何がおかしい。」

「いえ、別に。それより、部長、そろそろコンテストの始まる時間ですよ。部長も確かプレゼンターのお一人でしたよね。行かれなくていいんですか。」

「馬鹿いえ。あんな失態をさらしておいて、どのツラ下げて代表の前に出られるんだ。ほとぼりが冷めるまでは、俺は休職する。」

「部長、大袈裟ですって。そこは、ちゃんと、かよちゃんに頼んでとりなして貰いますから。」

すっかり、立場が逆転である。
さっきまで、川内のこと怖がってまともに口も利けなかったのに、すっかり馴れ馴れしい口調になっている。

「佐山・・・、いい加減にしろ。アイツに頭を下げるなんてゴメンだ。だったら、すぐに辞表を出す。」

(そりゃそうか。今まで、散々ボケだの、カスだの言って来たもんね。かよちゃんに貸し作るなんて、プライドの固まりの部長には無理だろうなあ。)

「なあ、佐山、お前、入社時は技術志望だったよな?」

唐突に口調を変えて、川内が聞いた。

「え?はい。そうですけど、数学に弱くって・・・。」

「ならば、お前にチャンスをやる。ちょっと顔を貸せ。」

「え、無理ですよ。勝手に持ち場を離れたら怒られちゃいますし。」

「構わん、俺が許可する。」

「ちょ、ちょっと、引っ張らないでください!」

「いいから、早くしろ!」

川内は、戸惑う佐山清美の腕を引いて、自分たちのブースに向かってどんどん歩き出した。

各ブースの裏手には会場から死角になっている場所があり、そこをバックヤードとして物置にしたり、椅子を置いて休憩できる場所にしている。
他の2つのブースはしっかり木組みがしてあるので、バックヤードも外から見えないように仕切りになっていた。
一方、歌陽子たちのブースは、一応簡易な仕切りはあったが、ほぼ丸見え状態だった。
そこに、歌陽子と前田町ら三人が集まって間も無く始まる出番を待っていた。

「嬢ちゃん、でえじょうぶか?緊張してねえか?」

「はい・・・、なんとかいけそうです。」

「しっかり頼むぜ。ここでお前がこけたら、俺らの苦労、全部水の泡だからな。」

「大丈夫ですよ。歌陽子さんは、ここ一番の腹の座り方はたいしたもんです。
それに、ここでモニターに映して、何かあったらヘッドセットでサポートしますから。」

「皆さん、よろしくお願いします。」

「じゃあ、嬢ちゃん頼んだぜ。」

「頑張れよ。」

「気を楽にしてれば大丈夫ですよ。」

そして、前田町が出陣の合図を出した。

「さ、行ってきな。」

「はい!」

(#128に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#126

(写真:サカエ路上)

上司と父と

(そうか!梨田さんだから、ピア(洋ナシ)か。)

歌陽子は、マダム・ピアについて、自分の中で勝手に納得した。

「あの、せっかく早く来られたんですから、もっと真ん中の方が良くないですか?」

歌陽子は気づかって声をかけた。

「いいのよ、ここで。それに、あなたのロボットは右隅のあれでしょ。」

「はい。そうです。」

「ねえ、あのカヨコ1号ってどう言う意味なの?」

「多分・・・、ですけど、私の名前が歌陽子なので、そこからとったんじゃないかと・・・。」

「まあ、そうなの。じゃあ、あのロボットは、あなたの分身ね。」

随分とマダム・ピアは人懐っこい婦人である。

「でも、なんだかどこかあなたに似ててよ。」

そう言われて歌陽子は、カヨコ1号を見直した。
少し小柄なボディ、細い手足、そして顔の2つのカメラが歌陽子のメガネにも見える。
ここまで皆んなと一緒に作り上げてきたロボットで、当然愛着はあったが、似てると言われると少し複雑な気分がする。

そんな会話をしている間にも、ホールの席はどんどん埋まってきた。

「かよちゃ〜ん。」

その歌陽子を、少し離れたところから呼ぶ声がする。

向こうで、佐山清美が手を振っている。

「手伝って〜。」

混み始めた会場では、佐山清美を含む女子社員たちが、集まってきた高齢者や付き添いの人たちを案内するのに手を取られていた。
席を案内して、飲み物を提供し、暖房のしっかり効いたホールでもなお寒がる老人に毛布を渡した。トイレの近い老人を、近くのトイレに案内するのも大切な仕事である。

清美が歌陽子に助けを求めたのは、車椅子同士がぶつかり、車輪が絡まって動けなくなった老人たちの救護だった。

「はあい。」

歌陽子は、声を出して、清美のもとに駆けつけた。
そして、ウンウン言って絡まった車輪を押したり引いたりしている清美の手伝いを始めた。

「かよちゃん、そこ持って。少し持ち上げたら動くかも。」

「はい。う〜ん。清美さん、重いです。ビクともしません。一度みなさんに車椅子から降りていただかないと。」

「それは無理よ。車椅子から降りてもらって、どこに腰をおろして貰うの?」

「私、椅子を持ってきます。」

と、その時、がっしりした男性の腕が軽々と車椅子を持ち上げた。

「さ、早くもう一台の車椅子の車輪を抜きなさい。」

「はい、有難うございます。・・・、え?」

「どうしたの?」

「お父様あ。」

そこには、歌陽子の父、東大寺グループ代表、東大寺克徳がいた。

「いいから、早くしなさい。」

「は、はい。」

克徳に急かされて、歌陽子は車椅子を動かして、車輪の縛めから解放した。

「え、お父様って?」

あっけに取られたように、聞き直す佐山清美。

「はい、私の父です。」

少し恥ずかしげに歌陽子が紹介する。

「ふつつかな娘が世話になっています。私が、東大寺克徳です。」

克徳は、清美に対して紳士的な挨拶を返した。

「え〜っ、ホンモノ〜!」

思わず、清美が口走った。
口走って、そして慌てて口を手で塞いだ。
だが、もう手遅れである。
顔を見合わせて苦笑いする克徳と歌陽子。そして、この場からそのまま消えてしまいたいような顔をしている清美。

そこへ、バラバラと数人の男性が駆け寄る足音がした。

「代表!申し訳ございません。すぐに特別席にご案内いたします。」

それは、三葉ロボテクの重役たち。そばに開発部長の川内がひっついていた。

「そんなに、バタバタしたら、皆さんが驚くだろう。」

「至りませんで申し訳ありません。さ、どうぞこちらへ。」

冷や汗をかきながら、東大寺グループ代表を案内する重役たち。
ところが、川内が目ざとくそこにいる歌陽子たちを見つけた。

「コラ、オマエタチ!」

歌陽子と清美に近寄って、声を殺して叱りつけた。

「ダイヒョウニタイシテ・・・ナニカ、シツレイハナカッタロウナ?」

「ナイ・・・ト、オモイマス。」

小声で答える清美。
ところが、そのやりとりに克徳が足を止めた。重役たちも気がついて、克徳の肩越しに必死のの口パクでサインを送っている。

「ヤメナイカ・ソコニ・イルノハ・・・。」

しかし、重役たちの懸命の努力も虚しく、歌陽子の素性を知らない川内はなおも続ける。

「トウダイジ・・・。」

「ハイ。」

「マタ、オマエカ。ドウセ、オマエノコトダカラ、オナジナマエデスネ、トカ、ワタシノロボット、オウエンシテクダサイネ、トカ、シツレイナコト、イッテイタノダロウ。」

「チガイマス。」

足を止め、じっと耳を澄ませる克徳。
それに気づいている歌陽子は気が気でない。
チラチラと克徳の様子を伺っている。
彼との会話に身の入らない歌陽子に、川内はイライラした。
克徳に背を向けている川内の頭の中では、彼は重役たちとずっと遠くへ移動しているはずだった。
それで、つい大きな声が出た。

「全く、最初から課長職で来たから、どんな優秀な人材かと思えば、とんでもない期待ハズレだ。未だに、学生気分が抜けないし、協調性もない。人の話もまともに聞かない。」

そこに、唐突に克徳の声が飛んだ。

「そうなのか?」

「え・・・?」

まさか側で聞かれているとは思わなかった。

「歌陽子。お前、未だにそんなことをしているのか。」

「お、お父様、それは・・・。」

克徳の厳しい視線に周りの一同が固まった。

(お、お父様だって・・・。名字が同じってだけじゃないのかよ。)

川内はその時初めて歌陽子の素性を理解した。

慌ててとりなす重役の一人。

「め、滅相もございません。お嬢様はしっかりやっておいでです。今日も、立派にプレゼンターを務められますし。」

「まあ、そう願いたいものだ。だが、それもこれも私の不徳の致すところ。君たち、謝るのは私の方だよ。」

言葉では詫びながら憮然とした顔をしている。

「歌陽子、お前がこの一年どれだけ成長できたかどうかは、お前の発表で明らかになるだろう。東大寺の名前に恥じないようにな。」

「はい、お父様。」

歌陽子のその一言を聞くと、踵を返して克徳は重役たちと席に向かった。

「わあ、冷や汗かいたあ。」

「はああああ。」

深くため息を吐き出す歌陽子。

そして、完全に固まって身動きの取れない川内。

(#127に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#125

(写真:猫カン)

マダム ピア

時刻は昼の1時近くになり、少しずつ今日の主賓である高齢者たちが集まってきた。
高齢者のうち、半分くらいは要介護者である。介護施設の職員に付き添われている人もあれば、家族に車椅子を押されている人もいる。自分で呼吸するのが難しいので、酸素吸入器を車椅子に付けている人や、みなそれぞれに人生の終盤に老苦をにじませていた。
なぜ、そんな彼らが厳しい老体を引きずってこの場に参じているのか。
それは、事前に養護老人ホームや行政に働きかけた東大寺グループ代表側近の村方の説得に、皆が高度要介護社会の光明を見出したからだった。

「今までの介護とは、身体的機能の衰えた高齢者の皆さんの出来ないことを、代わりにお世話することを意味していました。
しかし、出来無くなったことをお手伝いしているだけでは、ゆっくり坂道を転げ落ちるように死んでいくのを先延ばしているに過ぎません。そんな寂しい終末に灯りはあるでしょうか。
また、それすらも急速な高齢者人口の増加により、近い将来介助者は30万人以上不足すると言われます。当然、その負担は家族にかかり、働き盛りの男性が介護により退職を余儀なくされます。それは、日本の産業自体が立ち行かなくなる一因となるのです。
私たち東大寺グループは、医療分野の先進企業として、最先端技術による高齢社会のサポートを目標に掲げました。それは、技術により高齢者の方が自立的に活躍できる社会の実現です。
加齢によりできなくなったこと、例えば歩行などの移動、会話や聞き取りなどのコミュニケーション、その他記憶や認識などの能力をロボット技術でサポートし、再び自立的して社会生活に参加して貰うのが、私たちの目指すものです。
ちょうど衰えた視力をメガネやルーペで、衰えた聴力を補聴器でサポートして通常の生活を送ることができるように、ロボットの支援で従来の自立した生活を取り戻して貰います。
ついては、この度、東大寺グループ傘下の三葉ロボテクを中心に、高度高齢社会の光明となるロボットの試作展示を行います。また、その場で三チームに分かれて、介護される皆さん、介護をする皆さんにとって一番望ましいロボットをご提案いたします。
是非、足を運ばれ、未来の介護の光明となるロボットを選択していただきたいと思います。」

どんなに若い頃辣腕で鳴らしたり、あるいは羽振りを利かせて人を思うままに使った人でも、身体が動かなくなり、立ち居振る舞いも思うに任せなくなると、孫のような若い介護士の世話にならなくてはならない。若い頃にできたことができなくなり、下の世話すら自分でできない。恥ずかしさや、情けなさは尽くせないが、そんなことはかなぐり捨てなければ生きることすら叶わない。
死んでいくその日までは、食べ、飲み、眠り、排泄し、この身体を維持し続けるのだ。
しかし、そんな苦しみまでして、なぜ生きる。
結局、死んでいくことは変わらないのに、もう前のように笑ったり、楽しんだりすることは叶わないのに、日々衰えていく身体を維持するだけの存在。
人としての尊厳は何か。
生きる意味は何か。
大事な人たちやものは自分からみな離れてしまった。この喪失の人生相に光明を与えるものは何か。

しかし、
その人生にまた尊厳が取り戻せるかも知れない。
村方の発した問いかけは、少なからず要介護者たちの胸を打った。

この会場はコンサートホール形式ではない。
パーティや展示会、コンサート等何にでも転用可能な多目的ホールであった。
多人数の公聴会や講習、そしてコンテストが開かれる時はホール一杯に椅子が並べられた。
今回の三葉ロボテクのロボットコンテストでは、コンテスト出品者の三つのブースが中央と両脇に作られていた。
その前に並べられた椅子は300脚をくだらない。通常はホール備え付けのパイプ椅子だが、今回は高齢者たちの身体を慮ってクッションのしっかりした椅子が用意されていた。そして、それは東大寺グループの用意したもので、コンテストが終わればそのままホールに寄贈されることになっていた。
会場の数カ所には、高齢者の体調の急変に備えて医療スタッフが待機していた。
また、ゆっくり楽しんで過ごして貰えるよう、飲み物や食べ物も十分準備されていた。

右端のブースの前に立って、歌陽子は主賓の高齢者たちを出迎えていた。
そこへ、一人の老女が若い男性の介護士に車椅子を押されて現れた。

「あっ、あそこがいいわ。だって、あんな可愛いお嬢さんが出迎えてくれているのですもの。」

「梨田さん、騒ぎすぎです。また、血圧が上がっても知りませんよ。」

「いいじゃない、今日はお祭りよ。」

そう言って梨田老夫人は、歌陽子の前に車椅子で席を取った。

「あ、今日はよろしくお願いします。」

「よろしくね。あら・・・、あなた。」

「あ、はい。」

「ちょっと、こちらに顔を寄せてくださらない。」

「え?」

「いいから。」

そう言って老夫人は、歌陽子の顔にそっとハンカチを当てて何かを拭き取った。

「あ。」

「そうよ、若い娘さんが頰にケチャップなんか付けていてはいけないわ。」

歌陽子は、ハッと頰に手を当てた。

それは、さっき宙から渡されたハンバーガー。悔しくて、いじましいと思ったけど、背は腹には変えられない。一時バックヤードに引っ込んで、急いでジュースで流し込んだ。
でも、その時のケチャップが残っていたんだ。

「あ、あの、有難うございます。」

「梨田さん、あまり若い子をからかっちゃダメですよ。」

「いいじゃないの、そのままだったら、あなた恥をかくところよ。ねえ。」

「は、はい。」

「それにね、いつも言ってるでしょ。私はね、梨田じゃなくて、マダム・ピアなのよ。」

(#126に続く)