今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#118

(写真:桶狭間のくれは(紅葉)その1)

姉弟の夜

さっきまで、歌陽子が楽しんで食べていた、安希子特製のサラダの味が変質してしまった。

バリバリと無遠慮にポテトチップスを頬張り、口の端からカケラを飛ばしている弟に、歌陽子の神経は逆なでされた。

「宙あ。」

それでも、遠慮がちに声をかける歌陽子。
しかし、宙はそれに何も返さない。

「あのね、お姉ちゃんが先にここにいたでしょ。だから、お願いだから、少し静かにしようか。」

ふん、と言った顔で、尚もポテトチップスを頬張り続ける宙。
殆ど家から出ない宙は色が白い。それに母親の志鶴に似て、線が細く繊細な顔立ちをしていた。見た目には優しげな少年である。
しかし、いつも見せるふてぶてしくて、憎々しげな態度は、彼の外面的な美点を殺してしまう。

心の中にモヤモヤとした気分を抱えながら、(いつもみたく何を言ってもしかたないわ)と、歌陽子も自分の夕食を突く作業に没頭した。

やがて、あらかたスナックを食べ終えた宙は、袋の口を右手で握り、そこから息を吹き込んだ。そして、空気で膨らんだ袋を高く掲げて、左手で袋の底を思い切りひっぱたいた。

ポン!

「きゃっ!!」

思いの外大きな音が出た。
サラダを突くことに集中していた歌陽子は、完全に虚を突かれて飛び上がった。

破裂して、底の抜けた袋からは盛大に残ったポテトチップスのカケラが飛散し、歌陽子の頭にも降り注いだ。

そして、歌陽子もさすがにこれには頭に来た。

「こら、宙!なんてことするのよ!」

頭のチップスのカケラを振り払うと、二人を隔てているテーブルを回り込んで、歌陽子は向かいのソファの宙に飛びかかった。
小柄だが、まだ中学生の宙に対して、僅かだけ歌陽子の方が身体が大きい。
上からのしかかって押さえつけ、右手を振り上げてぶつ真似をした。

「さあ、謝んなさい!お姉ちゃん、ホントにぶつからね。」

「やれるもんならやってみろよ!大人のくせして、子供に暴力を振るうのかよ!」

「どこが子供よ!さんざん大人を小馬鹿にしているクセして。」

「だってしょうがないだろ。ホントに馬鹿なんだから!」

「この、世間知らず!井の中のカワズ!」

「それは、ねえちゃんだってだろ。普通のヤツの真似をして、会社で働いたりして。でも、結局『お嬢様』って言われてチヤホヤされて、そんなの、世間知らずと何も変わらないじゃん。」

「あんたに、私の苦労の何が分かるの!『お嬢様』だなんて誰も言ってくれないし、返って言われたくないことを言われなきゃならないし、ちょっとしたことですぐに噂になるし・・・。」

歌陽子の顔はみるみる赤くなって、声もだんだん涙声になってきた。彼女は、感情の高ぶりに滅法弱いのだ。

だが、その歌陽子の顔を、宙は手元のクッションをつかんで、思い切りひっぱたいた。

「い、痛いじゃない!」

「なんだよ、最初に手を出してきたのはそっちだろ!」

「許さない!」

歌陽子は、中学生相手にすっかり本気になった。

「離せよ!」

やはり感情の高ぶった宙は膝を曲げて、押さえつけている歌陽子の腹を思い切り蹴り上げた。

「グッ!ううっ・・・。」

蹴り上げられた腹を抑えてソファの下にうずくまる歌陽子。痛さと、情けなさでポロポロ涙が溢れてくる。
大人げなく子供に掴みかかって、挙句に返り討ちになるなんて、それはあまりにみっともない。

宙の蹴りはひどく身体に刺さった。そして、痛さのあまりしばらく身動きが取れなかった。その間中、ポロポロポロポロ、涙がとめどなく溢れて止まらない。

歌陽子の様子に少し怖気付いたのか、宙はわざと彼女を見ないようにして、

「ばあか、ザマアミロだ。さっさと寝ちまえ!」と捨て台詞を吐いて、階段を駆け上って行った。

歌陽子は、

涙で顔をグチャグチャにして、30分近くそのままでいた。
そして、少し痛みが和らいだ頃、ふらりと立ち上がってノロノロと自室へ歩き始めた。
宙がポテトチップスをまき散らしたリビングも、食べかけの安希子の特製サラダも、昼間汗をかいた身体も、全部そのままにして。
ただ今は、何も考えずにベッドに倒れこみたかった。

そして、

重苦しい夜が明け、歌陽子を起こしたのは、枕元に放り出した携帯の着信だった。

「はい・・・、おはようございます。ふわあ。」

「おい!何寝ぼけてやがる。」

「は・・・、はい?」

「だから、今何時か分かってるか、聞いてんだよ!この馬鹿野郎が!」

(#119に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#117

(写真:ピンクミルフィーユ)

至福のリビング

いつの間にか、社長と言い合う形になって、歌陽子気まずく重い気分を抱えて帰宅した。

グゥッ。

お腹だけは、気分に関係なく減るものらしい。そう言えばこの時間まで、何かを口に入れる余裕は全くなかった。
それで、安希子に遠慮がちに、

「あの、安希子さん、悪いんですけど、何か食べるものありません?」と聞いてみた。

「あまり夜遅くに食べることはお勧めしませんが。」

「でも、夜の10時を少し過ぎたくらいですし。」

チッ・・・。

小さく安希子の舌打ちが聞こえた気がした。

それで、

(あ、めんど臭いんだ。)と気づいた。

だが、抑揚を抑えた声で、

「何か見て参ります。どうぞ、お嬢様はソファに腰掛けてゆっくりしていてください。」と言って、安希子は厨房へと歩いて行った。

歌陽子は、一階のリビングのソファに腰を下ろした。ここは、家族の皆んなにとって特別な場所だった。
一面のガラス張りのリビングは中庭に面しており、しかも一部が庭に張り出しているため、部屋にいながらまるで屋外にいる気分になれた。ソファの背に頭をもたせかけて、上を仰げば都会の真ん中に星空が広がった。
奥は吹き抜けになっていて、遮るものない広い空間が高い屋敷の天井まで続いている。そして、その開放感のある空間に、心地よいソファと高価なオーディオセットが置かれ、何時間でも飽きることなく過ごすことができた。
本来、ここは家族が集って団欒をする場所だった。しかし、成人の歌陽子や、中学生ながらしっかり自我が芽生えた宙、そして日頃奥向きで神経をすり減らしている志鶴もこの場所で一人の時間を占有したがった。
特に、

「ごめんなさい。一人にしてちょうだい。」

母親のその一言は、家族の誰よりも強制力があった。そして、この時ばかりは、夫の克徳も遠慮した。
それ以外は、当主である克徳と、宙が代わる代わる利用した。そして、家族の中で一番発言力の弱い歌陽子は、たまたま誰もいない時にこれ幸いと、ソファに身を投げ出して一人の時間を楽しむのだった。

そして、今日は一日の最後にご褒美が待っていた。疲れた身体と心を心地よいソファに沈めて、ふう、とため息をつく。

(ハアァ、余計なこと言い過ぎたなあ。明日、どんな顔して社長に会おう。だけど、社長も大人のクセにズバズバ言い過ぎるんだ。挙句に、金持ちが嫌いだなんて・・・。お金持ちなのは、私のせいじゃないのに。)

いろんなことがグルグルと頭を回って、気がつけば少しうつらうつらとしていた。

「お嬢様、お嬢様、こんなところで寝ないでください。」

寝落ちしかかっていた歌陽子を、安希子が起こした。

「あ、はひ、ごめんなはい。」

「さ、お食事できましたから、さっさと食べてお休みになってください。明日は早いんでしょ。」

「はい。」

そして、安希子は歌陽子の前にドンと山盛りの野菜を据えた。

「さ、これなら、あまり胃に負担をかけずに、お腹がいっぱいになるでしょ。」

野菜サラダにしては、あまりに色とりどりの盛り付けだった。よく見れば、野菜の他に、マンゴーやパイナップル、メロンのような高級フルーツが盛り付けられている。あと、お腹にたまるように、薄く切ってサッと火を通してある豚肉も乗っていた。
野菜とフルーツと豚肉、一体どんなキテレツな味かと思いきや、口の中では違和感なく調和した。

「うわあ、安希子さん、これ美味しい。どうやったんですか?」

顔をほころばせ、頰を押さえながら歌陽子は聞いた。

「まあ、たいしたことではありません。ヨーグルトをベースにドレッシングを作ったんです。頭の固いお嬢様には、想像もつかなかったでしょうが。」

(やっぱり、一言多い。)

「では、お嬢様、あまり夜更かしは美容によろしくないので、私はこれにて自室に戻ります。最後、自分のお食べになったものは、自分で片付けてくださいませ。」

「はあい。」

さあて、安希子も自室に帰り、いよいよ歌陽子はリビングで至福の時間を楽しもうとしていた・・・、その矢先。

バリッ、ボリッ。

耳障りな音が聞こえてきた。

ガサッ、ガサッガサッ。

バリッ、ボリッ。

「あ、宙。お行儀悪いわよ。」

「うるさいなあ、ねえちゃんまで母さんの真似すんなよ。」

いつの間にか、上の階から宙が降りてきて、歌陽子の向かいのソファに陣取って、盛大にポテトチップスを頬張っている。

しかも、バリバリ音を立てて、ガサガサ袋をかき回し、そしてポテトチップスの破片を大量に撒き散らしていた。

歌陽子の至福の時間は、こうしてアッサリと破られたのだった。

(#118に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#116

(写真:青に橙)

意地対意地

ホールから外に姿を現した前田町と野田平の二人、そこに歌陽子が合流した。

「おう、カヨ、遅いじゃねえか。お前がグズグズしているから、だいたい俺らで片付けちまったぜ。」

「す、すいません。帰りの道が混んでて。」

「嬢ちゃん、まあいいってことよ。やるべきことはキチンとやったから、後は明日だ。今日はいいから、もうけえんな。」

「はい、あの私、もう少しここで待ってます。」

「誰か来んのかよ?」

野田平の質問に、

「はい、安希子さんが迎えに来てくれます。」

「あ、あのスゲエねえちゃんか!よくまあ、お前はあんなのと暮らして神経が持つもんだな。」

「い、いえ。仕事の時は、すごくしっかりしるし、親切なんです。それに、なんだか最近優しくて。」

「へえ。」

「嬢ちゃんの人柄の賜もんだぜ。」

「むしろ、お前があんまりガキっぽいから母性に目覚めたんじゃねえか?」

「え〜っ。だったら、野田平さんももっと私に優しくして下さいよ。」

「こいつ、調子に乗んな。」

「ガハハ、無理だ、無理だ。のでえらは、気に入った相手ほどひでえ扱いをしやがんだ。だいたい、コイツ、それで昔恋女房に逃げられてるんだからよ。」

「前田の、要らねえこと言うんじゃねえ。」

「じゃあ、嬢ちゃん、気いつけて帰んな。」

「はい、前田町さんも野田平さんも気をつけて。明日、よろしくお願いします。」

「じゃあな。」

「寝坊すんなよ。」

「はい、もちろんです。」

ぺこりと頭を下げた歌陽子に、二人の技術者は軽く手を振りながら連れ立って夜闇に溶け込んで行った。

(あの人たち、まっすぐ帰るかなあ。)

少し心配しながら、歌陽子は安希子が来るまでの間、まだ灯りが残っているホールの軒下で彼女のスマホを開いた。

そこへ、

「東大寺君」と声をかけて来た人物がいる。

「!!」

「まだ、残っていたのか。明日本番だろう?」

「し、社長・・・、お疲れさまです。」

ふらりと姿を現したのは、三葉ロボテク社長牧野だった。

「でも・・・、なぜ、社長が今の時間にここにいらっしゃるのですか?」

「それは、一応どんな会場か、この目で見ておこうと思ってね。ただ、中が見られないのは残念だ。もう少し、重役会議を早く切り上げるつもりだったのだが。」

「あの、社長。写真でよろしければご覧になりますか?」

そう言って歌陽子は、牧野にスマホに保存した画像を見せた。

「私も途中で外に出たので、最終ではありませんが。」

「構わんよ、なるほどよく撮れている。君の腕が良いのかな。」

「いえ、最近のスマートフォンが高機能なだけです。」

「ん?なんだ、うちのブースはまた派手だな。ロボットコンテストなんだから、要らぬお金はかけないように言ったのだが。それに引き換え、君のところのブースはシンプルで実にいいな。」

「有難うございます。でも、頂いた予算を目一杯使わせていただきました。」

「東大寺君・・・。」

少し意外そうに牧野が言った。

「はい。」

「まさか、君から予算と言う言葉を聞くとは思わなかったよ。君は、東大寺グループ本体の支援を受けているから、予算は青天井かと思っていた。」

「あ・・・、はい。皆さん、そうおっしゃいます。でも、父はそう言う点はとても厳しいんです。私は、この会社の一課長に過ぎないから、決して分不相応のことをしてはならない、会社から与えられた権限や予算の中で立派に成果が出せてこそ一人前の企業人だ、と言われています。」

「なるほど、いかにも代表らしいな。しかし、東大寺君。」

「はい。」

「こうして見ると、君も普通の女の子だな。いや、二十歳入社だから、最年少組の一人だよな。」

そして、牧野はホールの消え残っている薄暗い灯りを通して、歌陽子をまじまじと凝視した。

「あの・・・、社長?」

「だが、こんな娘にここまで会社をかき回されるとは・・・、血とは恐ろしいもんだな。」

「それは、その・・・、私・・・、そんなつもりは。」

少し牧野の目がきつくなった。
そして、歌陽子は思わず視線を逸らしてしまった。

「自覚がないのか・・・。まあ、よかろう。おかげで、うちの技術者も少しは本気になったろう。災い転じてなんとやらだ。」

「災い・・・。」

「いや、言葉のあやだ。気にせんでくれ。だが、私をここまで意地にさせたのは、君と君のチームの三人の技術者たちだ。私も叩き上げの技術者でね。あの三人とは同族だと思っている。だが、この会社に招聘された以上は、何としても結果を出さない訳にはいかない。だから、君ら同調できないものを放って置く訳にはいかんのだよ。そして、意地にかけてもこの機会に君らを従えてみせる。分かるかな、東大寺歌陽子君。」

自分の会社の最高責任者を前にして、歌陽子は不思議と腹が据わっている自分を感じていた。

「あの、私からも良いですか?」

「構わんよ。」

「社長の預かり知らぬこととは言え、私だって、いろいろひどいことされて来たんです。いきなり、課長って何ですか?しかも、あんな別館に押し込められて、三人からも周りからも、朝から晩までガンガン言われて。頭がおかしくなります。あ・・・、あの・・・。」

ここまで、啖呵を切りながら、やっぱり相手の反応が気になるのが歌陽子たる所以である。

「続け給え。」

「私、本当はぜんぜん自分に自信がなくて、だから東大寺って言われるのが重くて。でも、東大寺だからって、こんな扱いを受けるのはやっぱりおかしい。私は東大寺家の人間としては期待はずれかもしれないけど、それ以前に感情のある人間です。私をちゃんと普通に扱ってください。
だから、負けない。皆んなに勝って見返してやると思いました。私にだって、そんな意地があります。」

「それは、私も同じだ。それに・・・。」

「それに?」

「私は昔から金持ちってヤツが嫌いでね。」

「え?」

「例えば、あんな車に乗っている人種だよ。」

「・・・!!」

いつの間にか、駐車場には安希子がいた。
しかも、真っ赤な歌陽子のフェラーリをバックに、車のカギをチャラチャラ指に引っ掛けて回している。

「お嬢様!何をされているんですか?早く帰りますよ。帰りは運転お願いしますね。」

「さあ、東大寺君、行きたまえ。」

(最悪・・・。)

(#117に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#115

(写真:紅葉の吉崎 その5)

ジジイ夜話

「そろそろ、閉館時間ですけど。」

時刻は21時に近くになり、ホールの管理スタッフが声をかけて回っている。

「ふう、何とか、形になりやがった。」

前田町が満足気に言う。

「しかしよお、なんだか、俺らのブースだけやけにサッパリしてねえか?」

周りを見渡して野田平が言った。
周りには、大小のブースがあり、皆なそれなりの装飾が施してあった。

「やれやれ、すっかりプライベートフェアだぜ。これって、ロボットコンテストじゃなかったか?」

「そりゃ、東大寺の名前を大っぴらに使えるんだ。しかも、内容が最先端のロボット技術と来てる。東大寺グループへの意地がもとだったにしろ、ここまで金かけて準備したんだ。いくらかは、客への宣伝に使って元取ろうと考えてもおかしかねえよ。」

「だから、コンテストついでに、うちの製品がズラッと並んでるってわけか。にしても、隣とまた隣は派手だよな。」

野田平が隣と言うのは、今回の目玉の一つ、牧野社長チームのブース、その隣の隣は、宙とオリヴァーのブースである。
ともに、高さ3メートル近くの木組みがしてあり、わかりやすく各チームのロゴが掲げられていた。また、牧野社長のブースは青基調、宙とオリヴァーのブースは緑基調の壁が設えられていて、その中にセッティングが終わり、覆いがかけられた機械が置かれている。
もちろん、それは各チーム秘蔵の技術である。キーテクノロジー部分は取り外して一旦持ち帰られた。そして、会場から動かせない機械には監視カメラとセンサーが取り付けられ、何かあればすぐ警備が駆けつけるようになっていた。

それに比べ歌陽子たちのブースは、椅子と机のセットと、ロボットが一台。そして、パソコンに大型モニターが置かれているだけだった。何の飾り気もなく、ただプレゼンに必要な最低限のものだけが置かれていた。

「ガハハハ、しょうがあるめえ。予算も人手も足らねえんだからよ。」

前田町はさほど気にもならないように笑い飛ばした。

「予算も人手も、ってよお。今更だけど、東大寺の頼みでやってんだろ?しかも、身内のカヨまでこっちにいるのに、何でこんなにみみっちいことをやっているんだよ。」

「仕方あるめえ。東大寺からの金は、コンテストに優勝したらの話だ。嬢ちゃんだって、所詮は一課長に過ぎねえし、その立場で使える金で精一杯やるしかねえんだ。それによ、もし、嬢ちゃんが派手なことをやったら、それこそ『親の七光り』とか言われかねねえよ。」

「だがよ、社長の野郎は自分の肝いりなもんだから、好きなだけ社員を使ってやがるだろ。カヨの弟だって、親父に金を出して貰ってたいそうなことしてるじゃねえか。それをカヨの野郎だけが馬鹿正直によ。ちょっと、納得いかねえぜ。それによ、俺らだけ、こんなみみっちいことしていて、まかり間違って優勝でもしたら、それこそ『出来レース』とか言われるんじゃねえか?」

「それが、東大寺歌陽子のジレンマってヤツよ。なまじ、条件がいいもんだから、何をやっても要らねえことを言われなきゃならねえし、妙な勘ぐりをされる。だけどよ、嬢ちゃんは、生まれた時から東大寺歌陽子をやってやがんだ。筋金入のご令嬢だよ。ここは一つ、嬢ちゃんを信じて好きなようにやらせてやろうじゃねえか。」

「だよな、すまねえ、前田の。大人気もねえ、つい愚痴っちまった。」

「おうよ、俺ら、チャラチャラした見た目に頼らねえでも、腕一本で勝負してきたじゃねえか。むしろ、嬢ちゃんがチャラチャラ飾りやがったら、引っ叩いてやめさせただろうぜ。」

「ふん、前田のジジイらしいや。」

「おう、文句あるけえ、のでえらのジジイ。」

穏やかでない悪態も、彼らにとっては普通のコミュニケーションである。

「そう言えば、カヨはどうした?」

「今、トラックけえしに行ってるぜ。延長料金がかかるとか行ってな。」

「まったくみみっちいやつだな。一晩中、俺らのロボットの見張りをさせようと思ったのによう。」

「まあ、そんなにこき使ってやんな。コアモジュールは持ってけえるし、即席のセンサーを持ってきたからよお、さっさと据え付けて撤収といこうじゃねえか。」

(#116に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#114

(写真:紅葉の吉崎 その4)

情念

「オリヴァー、あんな年寄りたちに勝つ自信がないの?」

「いや、そんな意味じゃない。僕のテクノロジーが、あんなアナログなロボットに負けるはずがない。だけど、グレートと思った。」

「ふうん。」

「ソラ、ドンウォーリー。例えば、どんなに足の速い男がいても、絶対オートモービルには敵わないだろ?だけど、車に勝てなくても、彼はグレートなのは変わらない。」

「つまり?」

「彼らがグレートなことと、コンペティションに勝てるかは別のことだ。」

「なら、分かった。これでねえちゃんが負ければ、もう会社も辞めさせられて、4月からどこかの国へ留学ってわけだしね。」

「ソラ?」

「何?」

「なぜ、そんなにカヨコに勝ちたいんだ?」

「なぜって、気にくわないからさ。だから、思い知らせてやろうって思うだけ。」

「つまり、ジェラシーか。」

「はあ!」

電話の向こうの宙の声が大きくなった。

「オリヴァー、ジェラシーって意味知ってる?」

「もちろん。」

「ジェラシーは普通自分より優秀なり恵まれている人間に感じるものだよ。ねえちゃんのどこが俺より優秀で、ねえちゃんがどこが俺より恵まれているよ?」

「確かに、ソラ、君はエクセレント、アンド、ジーニアス、アンド、ベリーリッチだ。しかも、子供にしてはアンビリーバブルなほど何もかもフリーだ。それは、君が生まれながらにして持っているスペシャルなトッケンだ。それに比べて、カヨコは、君にとても及ばないオーディナリイガールだ。だから、ネーム・オブ・トウダイジが重くてたまらないだろう。だが、カヨコにも一つだけ、スペシャルなタレントがある。」

「それは何だよ。」

「それは・・・、人に愛されるタレントだよ。」

「そんな才能あるもんか。」

「最初、カヨコを見た時、プリティだけどビューティじゃないし、それもチャイルディッシュなプリティさだから、あまり女性としてチャーミングさを感じなかった。だけど、何だろう、よくカヨコを知るほど、だんだん好きになる。最初はトウダイジに近づくために利用しようとしたけど、今はカヨコ自身にとてもインタレストを感じている。
あの三人のゴブリンだって、バッドアティチュードだけど、今じゃしっかりカヨコにシンパシーを感じてるだろ?
ファザーのカツノリも、カヨコにはハードマスターのようでいて、結局全部アドミットしてるじゃないか。君のマザーも本当はものすごくカヨコにディペンドしている。
どうかな?」

「・・・。」

「それに、君自身すごくカヨコのことが好きだったろ?」

「昔だよ!まだ、5歳とか、6歳とかそれくらいの頃だよ。子供がねえちゃんのこと好きで悪いかよ!」

「悪くないさ。ただ、君が他の子供と違うのは、未だにそのオネエサンが大好きと言うところさ。」

「バカ言うな。オリヴァーでも許さないぞ。俺はあいつのこと、一番大嫌いなんだよ。」

「ソラ、ラブの反対を知っているか?」

「何の関係があるんだよ?」

「答えは、ノーインタレストだ。ムカンシンだよ。君がカヨコを憎むなら、それはインタレストがあるエビデンスさ。強い憎しみは、強いラブのショウコだ。だが、君はそれを認められない、だろ?」

「当たり前だよ!」

「君はジーニアス過ぎて、世の中にアクセプトされなかった。だから、君は世の中を憎む。そして、オーディナリイなカヨコはツマラナイ世の中のシンボルなんだ。だから、君はカヨコを打ち負かしたい。
大好きなカヨコをね。」

「・・・。」

「ソラ・・・?」

「何だよ。」

「悪かった。怒らないでくれ。今のは半分僕のフィクションだよ。だが、面白かったろ?」

「ああ、面白かったよ。これでますますねえちゃんをやっつける理由ができた。だから、明日は容赦しないでよ。」

「もちろん、カヨコへの感情とビジネスは別だ。あの手強いチームをきれいさっぱりデリートしてみせるよ。」

「じゃ、オリヴァー。また明日。」

「じゃ、ソラ。オヤスミ。」

プッ。

(#115に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#113

(写真:紅葉の吉崎 その3)

鬼と妖怪

「おーい、おめえら、面白いヤツ連れて来たぜ。」

「バァカ、のでえら、嬢ちゃん呼びにやったのに、おめえまで余分なことやっててどうすんでえ。もう、時間がねえんだぜ。」

「前田の、そう固えこと言うなよ。それより、こいつ誰だか分かるか?」

「ん?」

「お!」

「分かったろ?うちのカヨにプロポーズかけたって言うイケメンよ。」

「だがよ、てえことは、俺ら最大のライバルじゃねえか。何も、連れ込んで手の内見せるこたああるめえ。」

「前田の、ちょっとくらい見られて、それでなんもかんも分かっちまうほど、やわじゃないだろ?お前の技術はよ。」

「いいやがる。なら、いいぜ、こっちへ来ねえ。」

前田町はロボットを組みかけているところにオリヴァーを招いた。

「ワオ、ヒューマノイドですね。」

「なんて?」

「人型ロボットですね、ってことです。」

日登美が前田町の傍から説明をした。

「まあな。だが、人型なんざ、珍しくもねえだろう?」

「珍しくもないと言うか、少々フルクサイですかね。」

オリヴァーは、あえて挑発するような言葉を選んだ。

だが、前田町は、

「タリメーヨ、作ってるヤツが古くせえんだ。ロボットも古臭くなって当然でえ。文句あるかい」と切り返した。

「それによ、俺たちのロボットを古くせえって言うんなら、若造、おめえ、ユーザーってもんが見えてねえぜ。なにしろ、使うヤツらも古臭えんだからよ。」

確かに介護ロボットだから、ユーザーも年寄りである。

「なるほど、まあ、いいでしょ。僕のターゲットはあくまでカツノリ・トウダイジですから、オーディエンスのシニアに気に入って貰えなくても、カツノリの気に入ればいいんですよ。」

「はなから、東大寺に取り入るのが狙いかよ。明け透けなヤツだなあ。」

呆れ顔の前田町のところへ、

「すいませ〜ん、遅くなりました」と言いながら歌陽子が登場した。

「お前、あそこから、ここに来るまでどんだけかかってんだ。」となじる野田平。

「だって・・・。」

あのひとを食ったようなオリヴァーをあの三匹の群れに放り込んだら、まさに鬼と妖怪、どんな血の雨が降るか分からない。
そう思って、怖くてなかなか顔が出せなかった。だが、意外に前田町は大人の貫禄を見せ、オリヴァーは見事な如才なさを発揮してこの場を凌いでいた。

「まあ、のでえら、そう言ってやんな。嬢ちゃんは、小娘の細うでで搬入を頑張ってんだからよ。」

「あの、皆さんはカヨコを手伝わないんですか?」

「悲しい哉よ、人手不足だ。俺ら、組み立てで精一杯でよ、嬢ちゃんを手伝ってやる余裕はねえんだ。
それより、おめえのところは、頭のあんたがフラフラしていてもいいのか?」

「ノープロブレムです。セッティングは、うちのテクニカルがやってくれますし、トウダイジからも何人かヘルプを貰っています。」

「そりゃあ、てえそうなこって。」

「ですが、なぜトウダイジはカヨコにヘルプを出さないんですか?」

「それがよ、嬢ちゃんの馬鹿正直って言うか、生真面目なとこでよ。自分はあくまで、会社の一課長に過ぎないんだから、東大寺から人を出して貰ったら公私混同になるって言いやがってよ。」

そう言いながら、前田町は手だけは休みなく、歌陽子が運んだ工具でロボットの組み立てを続けていた。

「お、なんだ、ゲエジン、面白えか?」

「はい、ビューティフルです。」

「あ?気持ち悪いやつだな、年寄りのシワのよった手を見て、ビューティフルもねえもんだ。」

「そうではありません。あなたの手の動きがとてもビューティフルです。あっと言う間に、鉄と線の固まりが、ロボットに生まれ変わる。どれだけ見ていても飽きません。」

「下手なガイジンレポーターの真似すんじゃねえよ。バァカ。」

そう毒づく前田町も、満更ではなさそうである。

「よし、嬢ちゃん、電源入れてくんねえ。」

「はあい。」

「ゲエジン、少し離れてくんな。」

歌陽子がスイッチを入れてロボットに通電すると、それは静かなモーター音をさせて、滑らかに立ち上がった。
そして、前田町がポンと肩を叩くと、それに反応して滑らかに身体をひねり、自然な動きで鉄の腕を前田町の肘の辺りに添えた。

「まるで生き物だ。AIもコンピューターの計算も行わずに、手での調整だけでここまで作りあげるとは。恐ろしいな、ニホンのショクニンは・・・。」

オリヴァーは、素直に畏敬の念をもって前田町たちの技術を讃えた。

「それじゃ、カヨコ、そろそろ僕は自分のブースを見に行くよ。じゃ、みなさん、明日、ヨロシク。」

「ああ、しっかりやりあおうぜ。」

「オリヴァー・・・、ありがとうございました。」

ぺこりと頭をさげる歌陽子に、オリヴァーは気持ちの良い笑顔を返しながら、自分のブースに向かって歩き始めた。

その時、

ヴゥーッ!ヴゥーッ!と、オリヴァーの携帯が鳴った。

「やあ、ソラ!今、どこだい?」

電話の相手は歌陽子の弟の宙であった。

「家だよ。」

「せっかくだから見にこないか?」

「うん、だけどいいや。夜に出歩くと母さんがうるさいし。」

「意外にソラはマザーボーイなんだな。」

「そんなんじゃないけど、面倒臭いからさ。
それで、うまく行ってる?」

「ああ、ノープロブレムだよ。それと、カヨコの仲間に会ってきた。」

「へえ、じいさんばかりでガッカリだったろ。」

「いや・・・、彼らはホンモノだよ。」

(#114に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#112

(写真:紅葉の吉崎 その2)

ミスター下世話

(きゃーっ!野田平さん!)

よりに寄って、決してこんなところを見つかってはいけない相手に見つかってしまった。

慌てた歌陽子は、

「オリヴァーさん、オリヴァーさん、すぐにどこか行ってください!」と声を落として必死に頼む。

しかし、オリヴァーは、

「これほっておけないよ」と両肩の機材の存在を歌陽子にアピールした。

「いいですから、いいですから!ホント大丈夫ですから!」と、なんとかオリヴァーをここから遠ざけようとする歌陽子。

その時、

「何がいいんだ?」と耳の横で野田平の声がした。

「わっ!」と飛び上がる歌陽子。

「うるせえ!」

バシッと歌陽子の頭をはたき倒す野田平。

いつの間にか、野田平がすぐ近くまで来ていたのに、オリヴァーに気を取られた歌陽子は全く気づかなかった。

「それより、カヨ、こいつは誰だ?」

「え・・・と、通りがかりの親切な外国のかたです」

「だけど、どっかで見たような・・・。」

「あ、あはは。」

「あ!」

「え?」

「こいつオリヴァーとか言う、お前のいろ(情夫)だろ!」

「ち、違います!」

「さんざん、違うとか関係ないとか抜かしやがって、実際はここまで進んでやがるじゃねえか。」

こう言う下世話なネタになると俄然馬力がでるのが野田平。歌陽子は、まるで、蛇に丸呑みにされかけているネズミの気持ちだった。

「ねえ、カヨコ、イロって何かな?」

あっけらかんとオリヴァーが聞く。

「え?ああ、あの、お友だちってこと。」

「バァカ、いろってえのは、いい仲ってことだろが!愛人のことだよ!」

「野田平さん、何言い出すんですか!」

「アイジン・・・?」

オリヴァーは、「アイジン」の響きをゆっくり噛みしめるように呟いた。そして、唐突に、

「ああ、セックスフレンド!」

「え?」

「あ?」

一瞬、歌陽子と野田平が固まった。

「きゃーっ、なんてこと言うの!オリヴァー!」

「ギャハハ!こいつはいいや!こんな面白えガイジンは初めてだ!」

あまりのオリヴァーのストレートな物言いと歌陽子のうろたえぶりに馬鹿笑いする野田平。

「そう、僕、カヨコのセックスフレンドです。」

オリヴァーは、わざと馬鹿のフリをする。

「オ、オリヴァー、何、馬鹿なこと言うのよ!あなたと私はキスくらいしかしていないでしょ!」

「え?」

「あ?」

「きゃあ・・・。」

「ギャハハ、語るに落ちるとはこのことはだぜ。お前ら、結構行くとこまで行ってるじゃねえか!」

「あ、あれは、不本意な、そう事故です。しかも、頰にちょっとされただけです。」

必死に弁解する歌陽子。

そして、

「なあ、カヨ、まあそう言うことにしとこうか。もし、そいつが本当にお前のこれ・・・だったとして。」

そう言って野田平は小指をキッと立てた。

「野田平さん、その指やめてください。」

「そうしたら、俺らとんでもないできレースに付き合わされてたってことになるからな。だから、取り敢えず信じてやるよ。」

「ですから、違いますって。」

「それより、カヨ。」

「はい?」

「ちょっと、このふざけたガイジン借りるぜ。なあ、いいだろ?」

「僕は構いません。」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

そう歌陽子が押し留める間も無く、野田平とオリヴァーは連れ立ってどんどんホールに向かって歩いて行った。

(#113に続く)