今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#24

(写真:夕陽の農場 その3)

祭りの後

泰造に呼び出されたクラブで馬鹿騒ぎに巻き込まれ、心身ともに萎え切った歌陽子(かよこ)は、ステージの裏で泰造の旧友のアケミに介抱されていた。

「こ、これなんですか?」

アケミの差し出した一杯を受け取った歌陽子が恐る恐る尋ねる。

「大丈夫、軽い気つけよ。」

「あの、お酒ですか?私、今日車なんでアルコールはちょっと。」

片方の眉を少し上げてアケミは、

「何言ってんの。あんたの車、フェラーリでしょ。もう、足腰たたないじゃん。そんな子に運転させられないわ。」

「分かりました。タクシー呼びます。」

素直に歌陽子が答える。

「必要ないよ。もうすぐ旦那くるから、ついでに乗せてってあげる。」

「そんな悪いです。」

「いいって。それよりあんまり遅くなると家の人が心配するでしょ。はやく、グッとのんじゃって。」

「はい。」

アケミにの言葉に従って歌陽子は、飲み物に口をつけた。

「それとねえ、それ結構度数キツイから、無理だったら少し飲んでやめときなよ。」

「え・・・。」

めがね越しのキョトンとした顔で歌陽子が答える。

「う・・・ひっく!」

そう、アケミの注意が少し遅かった。
歌陽子は、本当にグッと飲み込んでしまっていた。
口当たりが良くて、お酒に慣れていない人も無理なく飲める。でも、とても度数が高い。
そんな甘めのカクテルを通称、レディキラーと呼ぶ。
お酒に弱い女子を酔わせて、なんとかしてなんとかしようと良からぬことを考える男子が付けた名前かも知れない。
一口飲んで、甘くて結構いける。それで安心して飲み干してしまう、今晩の歌陽子はそんな迂闊な女子だった。

2、3度しゃっくりをしたら、急に心臓の動悸が早くなった。頭がボーッとして、顔が異様に熱くなった。

「ああ、あ〜あ。もう、しょうがないなあ・・・顔が真っ赤だよ。」

半分心配して、半分呆れて声をかけるアケミ。

「ら、らいりょうふれふ。」

いきなりロレツが回らなくなっている歌陽子。

「あんた、ホントはお酒は苦手なんじゃないの?」

「ぜんぜん、らめれふ。れ、れも、あまくて、おひしくて・・・じゅーすかなって、かんひがいひて、ぐっとのんじゃいまひた・・・。」

そこで、ガックリと前に頭を垂れて黙り込んだ。そして、スースー寝息を立てて眠りこんでしまった。

「あ、しょうがないなあ。たった一杯でへべれけなんて、いまどきこんな娘もいるんだねえ。まあ、少し寝せておいたら気分も良くなるだろうし。」

しばらくして、マサトシが顔をだした。

「おい、旦那きたぞ。」

「そう?ちょっと、カヨコ、カヨコ。帰るわよ。」

アケミは、眠りこんでいる歌陽子の肩を揺すって起こそうとした。

「疲れて寝てるのか?」

「まあ、泣いたり喚いたり忙しかったからそれもあるだろうけど、さっき強いカクテルを一気にあおっちまってさ。
それより、泰造はどこ?
張本人のあいつはどうしてる?」

「向こうでケロッとしてはしゃいでるよ。いい気なもんだ。」

「そう。もう一回この娘にちゃんと詫び入れさせようと思ったんだけど。」

鼻から息を吐いたアケミは、男ってしょうがないねえと言った表情をした。

「そこは、任せとけ。あとで、キッチリアイツラと反省会しておくからよ。」

そう言って、少し顎を上げてあわらになった喉ボトケに親指を横に立てて、ギッとクビを刎ねるマネをした。

「ねえ、お手柔らかにね。あんまりやり過ぎてアメリカに逃げ帰られでもしたら、困るのはこの子だからね。」

「だけどさあ。」

「なにさ?」

「アケミ、お前いい女になったよな。」

「こらあ、いくらモトカノだからって、亭主持ちに言うことじゃないでしょ。」

「へへっ・・・。それより旦那待たせてるぞ。」

「そうだね。おい、カヨコ、カヨコ!起きろ!カヨコ!」

また一生懸命肩を揺すったが、しかしラチがあかないと見るや、アケミは小さな拳を固めて、眠りこんでいる歌陽子の頭をボコンと叩いた。

その衝撃に、歌陽子は慌てて飛び起きて、

「は、はひ!のだひらさん、すひまへん!」

と叫んだ。

「はあっ?あんた、何言ってるんだい?」

「へ?わたひなんて?」

「バカだねえ、アハハ。」

「へっ、えへへ。」

野田平にいじめられている夢でもみていたのか、歌陽子は恥ずかしそうに照れ笑いをした。

(#25に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#23

(写真:夕陽の農場 その2)

終幕

「あ〜あ、いいとこまで行ってたのに。」

オーディエンスを挟んで会場の向こうから声を出したのは泰造だった。

「ジェイムス、もういいよ!」

泰造がDJボックスに向かって叫ぶと、おどろおどろしい音楽はピタリと止み、レーザービームが消えると同時に、会場全体の照明が点灯した。

目の前のゾンビ女は、明るいところで見れば、むしろ人懐こそうな優しい容貌の女性だった。
一時は勇気を奮ってゾンビ女に飛びかかった歌陽子(かよこ)だったが、今はすっかり気が萎えてまたヘナヘナと手をついて座りこんでいた。

その歌陽子にゾンビ女は手を差し出して、

「私、アケミ。昔のタイゾーの悪仲間。悪かったわね、カヨコちゃん。」

と声をかけた。

「え?なぜ私の名前を・・・知ってるんですか?」

「そりゃ、全部タイゾーが教えてくれたもん。あんた、あの東大寺財閥の御令嬢でしょ?」

「じゃ、いままでのは・・・。」

「そ、全部お芝居。急ごしらえだったから、随分変だったでしょ?でも、あんた本気で怖がってくれたから、それなりにやり甲斐があったわ。」

そう言って、アケミは人が悪そうに笑った。

「う・・・・。」

歌陽子は、いきなり肩をすぼめ、左手で右の二の腕を強く握って、小刻みに震えながら涙声で言った。

「ひどい・・・、みんなして私のこと、からかって、なぶりものにして・・・。」

ところが、逆に慌てたのはアケミの方だった。

「ちょっと待って。どう言うこと?あんた、こんなこと、なんでもないんじゃないの?
だって、タイゾーからは、東大寺歌陽子ってのはトンデモないお嬢様で、贅沢な遊びはやり尽くして、ちょっとやそっとの刺激じゃビクともしないって聞いてたのよ。」

キッと、アケミを睨んで歌陽子は、

「訳ないじゃないですか!もう、わたし・・・怖くって、怖くって、最後の方は全く記憶がないんです!」

半泣きの歌陽子をもて余してアケミは、

「ちょっと!タイゾー!どうなってんの?ちょっとこっちきて全部説明しな!」

と怒鳴った。
会場のオーディエンスはさっと左右に割れ、泰造の通り道を作った。
こちらへ向かう道すがら泰造は、

「こら、タイゾー、どういうこった?」とか、

「聞いてたのと違うぞ。」

と散々小突かれ責められていた。

「い、いてて。や、やめろ、ちゃんと説明するから。」

そう言いながら、会場前方までたどり着いた泰造は、またひらりとステージに上がった。

「メガネちゃん。」

「な・・・なんですか?」

下をうつむいたまま、固い声で答える歌陽子。

「あの・・・。」

鼻の横を指でかきながら、少し気まずそうな泰造。

「楽しかった?」

ボコッ!

アケミのグーのパンチが泰造の後頭部にヒットした。

「バカヤロ!まず、ちゃんと謝れ。こんなに泣かしやがって!」

「う・・・、う、うわああああ。」

アケミの言葉に堰を切ったように溢れた感情。

「わ、わたし・・・、好きでお嬢様やってるんじゃないもん。どうしてみんな、そんなふうにしか私を見られないの?
わたしが・・・普通の女の子だったら、・・・そんなひどいことしますか?」

「お、おい、よせって。」

歌陽子に大泣きされて、すっかり立場をうしなった泰造、おろおろしている。

しかし、歌陽子の感情は抑えが効かない。

「うわあああ。バカ、バカヤロー、どいつもこいつもゾンビに食われて死んじまえ!」

歌陽子がは、おそらく生まれて初めて口にする悪態の限りを延々と吐き出した。

「お、おい。メガネちゃん、ダメだろ。君は仮にも御令嬢なんだから。しかも、今日は女王様として来てるんだし。」

「な、なにが女王様よ!人をとって食おうとしたくせに!」

「だから、それは冗談って言うか。そう、アトラクションと思ってよ。ユニバーサルなんとかでもやってるじゃん。」

「私・・そう言うの大嫌い!」

その時、何か言いかけた泰造が急に後ろから引っ張られて尻餅をついた。

代わりに、

バン!

「済まねえ!許してくれ!」

と大きな音を立てて、身体の大きな男が手をついて土下座した。
それは、マサトシと呼びかけられた男性だった。

「歌陽子さん、全部このバカが始めたことだけど、面白がって乗っかったのは俺らだ。
あんたが、結構怖がってくれたから、ますます調子に乗っちまって、嫌な思いをさせて済まなかった。」

キリッと苦み走ったいい男。
さすがの歌陽子も、マサトシの男らしい侘びに、泣くのを忘れて聞き入った。

「いいえ、その、どうか手を上げてください。」

少し歌陽子が落ち着いたので安心したのか、マサトシは親しげに話し続けた。

「こいつら、なりは悪いけど、みんなカタギなのさ。昔はさあ、チームとか作って、さんざんドツキあったり、血を流したりしてたんだけど、今じゃ真面目に働いている奴らばっかりなんだ。
だけど、たまに集まっては悪ぶってウサを晴らしているだけだから、怖がらなくていいんだよ。」

マサトシのフレンドリーな笑顔と、低い落ち着いた口調に、だんだん歌陽子の顔に安堵の色が現れてきた。

「ちなみに、俺の仕事はケーサツカン。」

へ〜っ、警察。

「そう、日本一悪い警察官。」

そう、まぜかえしたのはアケミ。

「あんた、大丈夫?こんな娘ビビらせたら、ケーシソーカンに言いつけられるかもよ。」

「私、そんなことしません。」

あっ、「そんなことしません」じゃ、できるのにやらないみたいに聞こえる。

そんな世間離れした歌陽子のもの言いにも気づかないように、アケミは続けた。

「ちなみに、私は主婦。2人の子持ちで〜す。」

それは、それは、怒らせたら相当怖いお母さんなんだろうな。

そして、マサトシが話を引き取った。

「て、訳で。本当に済まなかった。この通りだ。」

そして、会場のオーディエンスを向いて、

「なあ、みんなも謝れ。」

と促した。

それに答えて、口々に、「すいませんでした」「ゴメンな」と会場中から声が上がった。

「い、いいえ。もういいです。」

いいながら、歌陽子はやっとニッコリと笑った。

マサトシは、尻餅をついてひっくり返っている泰造に向かって言った。

「あと、謝ってねえのは、お前だけだぞ。」

それて、泰造もしぶしぶ、

「ご、ごめんな。」

と謝った。

歌陽子は、ここぞとばかりに、

「泰造さん、私、ちゃんと約束守っておつきあいしましたからね。あなたも、私との約束を守ってください。」

と言った。
だが、泰造は奥歯に物の挟まったような言い方をした。

「あ、ああ。それは・・・、前向きに考えるよ。」

だが、マサトシはそれを許さない。

「ああん、ちゃんと約束したんだろ。守ってやれよ。じゃなけりゃ。」

じゃなけりゃ・・・?

「俺が、お前を撃ち殺す。」

そ、それはまずいんじゃ・・・。

(#24に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#22

(写真:夕陽の農場 その1)

パーティ・ブレーク

手を伸ばして、歌陽子(かよこ)をステージの上に引き上げた泰造は、ステージの周りに集まってきたオーディエンスを足蹴で牽制していた。

「なんなの?この人たち?正気なの?」

歌陽子(かよこ)は、ステージに上がったものの、怖さと興奮と怒りですっかり腰が立たなくなって座り込んでいた。

「大丈夫だよ、メガネちゃん。もし、仮に奴らがゾンビだと・・・したって、・・・よくなんとかハザードって映画あるじゃん。ゾンビが・・・あれだけ大勢で押しかけて来ても、主人公は捕まらないし、・・・噛まれもしない・・・だろ。」

真剣なようにも、ふざけているようにも思える泰造、激しい運動に上がり始めた息を気にするでもなく話し続ける。

「それって、何故だか・・・分かる?」

声の怯えを隠しもせずに、歌陽子が座り込んだまま答える。

「そ・・・そんなの、知らないわ。」

「あのさ、・・・俺、よくハリウッドの撮影所に・・・見学に行っていたんだよ。そうしたらさ、・・・ゾンビって、手を伸ばしてつかんでくる癖に・・・噛みつきもしなければ、爪を立てることもしないんだ。もし、・・・ゾンビたちが本気を出したら、・・・ウィル・スミスだって、ミラ・ジョヴォビッチだって、・・・あっと言う間に食われてしまうだろう・・・な。」

「それ、映画の話でしょ!」

歌陽子は、半分泣いて、半分怒って言った。

その時、まるで血しぶきのように赤いレーザービームが飛び交った。
そして、いつの間にかドンドンドンと重いビートを刻む音楽が流れはじめていた。
まるで、今の歌陽子の心臓の音が会場一杯に鳴り響いているように思えた。

「これ、ゾンビパーティなの?」

「さあ、君はどう思う?」

「もう!」

音楽がひときわ大きくなると、会場のオーディエンスは手のひらを上に向けて、わらわらわらと動かし始めた。
そして、口々に恐ろしげに叫び始める。まるで会場全体がウォー、ウォーと共鳴しているように聞こえた。
ステージで腰を抜かしている歌陽子には、前に見たゾンビ映画より余程怖い光景だった。

突然、

バン!

と、一人の男がステージに手をついた。

「ひ・・・っ。」

縮み上がる歌陽子。
ステージに残ったその手形は、真っ赤に染まっていた。そして、不気味な笑い声を立てると低い声でこう漏らした。

「おい、タイゾー、独り占めは許さねえぞ。俺にも一口喰わせろ。」

そう言って、真っ赤な口をカアッと開けた。

「へっ、やるもんか。この子は俺んだ。」

泰造は、マイクスタンドを掴むと振り回しはじめた。それに怯んで、ステージに取りついていたオーディエンスは一瞬後ろに下がった。

ウオーッ!
ウオーッ!

一斉に不気味な声が響き始める。
天に突き出した手のひらは、どれもいつの間にか朱に染まっていた。
まるで、地獄のパーティだ。

「邪魔なタイゾーから食っちまえ!」

誰かが叫ぶと、最前列のオーディエンスは、一斉に泰造に殺到した。
そして、さっと身を引きかけた泰造の右足が彼らの血塗られた手に掴まれてしまった。

「こ、この・・・。」

追い払おうとマイクスタンドを振り上げた泰造は、さらに何本もの腕に足を絡めとられ、やがて激しく引きずられて、ドウと尻餅をついた。

「あ・・・。」

彼は小さく叫ぶ間も無く、あっと言う間にステージから引きずり降ろされ、泰造は何本もの手で身体を高々と持ち上げられて行った。

そして、彼自身真っ赤に染まりながら、わらわらと動く手の海に押し流されて、ステージとは反対の方向に連れ去られていった。
海の向こう岸で、泰造の身体に無数の腕が絡みつくのが見えた。
叫び声も聞こえない。
泰造はあっと言う間に噛み砕かれた。
そして、すすられて消滅したのだ。

「あ、ああ・・・。」

歌陽子は、この状況で唯一の庇護者である泰造を失った。
消えた泰造の代わりに、ステージに飛び乗ったのは女だった。
赤と茶色の中間色の髪を、田舎のはざの藁束のようにそそけ立たせて、彼女は少し猫背気味にゆらりと歌陽子の前に立った。
そして、口の端を歪めたかと見えた次の瞬間、裂けるかと思うようなすごい形相でニイと笑った。
彼女の歯が全て真っ黒に塗られているのが、さらに怖さを掻き立てた。

「食うわせろお」

女はカッと真っ赤な口を開け、腰を抜かしたまま目を大きく見開いている歌陽子の首筋に噛みつこうと顔を寄せてきた。
そして、彼女の後ろには、また無数の手が蠢いているのが見えた。

ヒュッ!

頭のヒューズが飛ぶ音がした。
人間はあまりに恐怖が高まると、正気を飛ばして自己防衛を図ろうとするらしい。

次の瞬間、歌陽子は腕を無茶苦茶に振り回していた。
押し寄せる恐怖を前に、せめての本能の抵抗だった。

そして・・・、

気がつけば、いつの間か歌陽子の手の中に女ゾンビの髪の束が握られ、むしり取られた髪のかわりに、女の綺麗な栗毛色の今風のヘアが覗いた。方や、女は突然の出来事に対処を困って完全に固まっていた。

へ・・・っ?

恐怖から一転、キョトンとした顔の歌陽子。

女ゾンビはいまいましげに、

「もう、全部台無しじゃん。どうすんのタイゾー!」

と大きな声で怒鳴った。

(#23に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#21

(写真:琥珀の時間)

ステージパフォーマー

「これを着て。」

場から完全に浮いてしまった歌陽子(かよこ)に、泰造はそばの椅子にかけてあったフード付きのパーカーを渡した。

誰の?

気にはなったが、目立ちたくなかった歌陽子は素直にパーカーを着た。

そして、

「こっちへ来なよ。」

そう言って泰造は歌陽子(かよこ)の手を引いた。

「あ、ち、ちょっと。」

危うくつんのめりそうになりながら、泰造の後に従う歌陽子。
泰造が手を引いた先は、会場前方に大人の腰の位置くらいに段差がつけてあるステージだった。
泰造は、そでの階段を使わずに軽々と登ると、スタンドのマイクを取り上げて喧騒に向かって呼びかけた。

「ちょっと聞いてくれ!」

その声に喧騒は静まり、会場のあちこちで反応する声が上がった。

「タイゾーだ。」

「帰っていたのか?」

「ひさしぶりだなあ、タイゾー。」

「この野郎、金返せ!」

「今度は生きて日本ださねえからな。」

懐かしむ声や、本気なのか冗談なのか、かなり物騒な声まで入り乱れた。
しかし、泰造はかなりここでは顔らしい。
一方、その隙に歌陽子は、目立たないようにステージの下に身体を小さくした。

「お前ら、俺が前に日本に帰ってきた時にした約束覚えてるか?」

「バァカ、そんなん覚えてるかよ!」

「お前のことなんか知るか!」

お約束のように下卑た野次が飛ぶ。

「俺は!」

泰造ひときわ声を張り上げた。

「今度、ピカピカの女王様をこのステージに立たせてみせる、って、そう言ったんだ!」

「そうだ!そう言った!」

「俺も覚えているぞ!」

「だ・か・ら!」

泰造は、マイクを持っていない方の手の親指と人差し指を立てて、バンと銃を撃つ真似をした。

「今日、その約束を果たす。そうしたら、カケは俺の勝ちだ。それでいいな、みんな!」

その言葉と同時に、ウォーッと言葉にならないウネリが会場を駆け巡った。
あまりの想定外の展開にすっかり萎縮していた歌陽子がこわごわと会場の方に目をやると、オーディエンスは互いに言いたいことをぶつけ合っていた。

「カケってなんだよ?」

「あれじゃねえか?ヤツが勝ったらここにいる全員を相手に王様ゲームをするってやつだろ?」

「はあん、あんなやつに王様ゲームなんかやらせたら、無事にここ出られるやつなんか一人もいねえぜ。」

「だいたい、女王ってどう言う意味だよ。イギリスでも行ってかっさらってくるのかよ。」

「知るか!そんなことしたら、ケンペーに撃ち殺されっぞ。」

やがて、ひときわ大きな声が会場に響いた。

「タイゾーよう、おめえ、そりゃここに女王様がきてるって意味だよなあ。
当然、ボインボインのパツキンだろうな。」

「マサトシ、俺は『ピカピカの女王様』って言ったんだ。だから、別に金髪でなくても違反じゃないよな?」

ワーッと喧騒が高まる。
マサトシと呼ばれた男性は、それに負けないように声を張り上げた。

「タイゾー、マジかよ、おめえ。コーゾクなんかに手を出したらぶっ殺されっぞ。」

それを聞いた泰造は、さも愉快そうな顔をした。
そして、

「バァカ、もっとヤバい相手だよ。おい、ジェイムス、さっき送ったメールをスクリーンに映してくれ。」

と、DJボックスに向かって言った。
ジェイムスが誰かは分からない。
だが、おそらく彼がスクリーンいっぱいに写真を映し出した。

「な・・・。」

あれは、私じゃないの。

歌陽子は文字通り魂消た。
そこに映し出されたのは、フェラーリをバックにレッドカーペットを颯爽と歩き始めたさっきの彼女。

泰造〜!
私に声をかける前に、隠れてこっそり盗撮したなあ!
でも、私、あんなになりきっていたんだ。
恥ずかし過ぎる。

歌陽子は、当然オーディエンスの嘲笑を覚悟した。
だが、誰も笑い声を立てなかった。
さっきまでの喧騒が嘘のように止み、気を抜かれたように立ち尽くす一団がいた。

「あ、赤え・・・。」

彼らから漏らされた最初の一言だった。

フェラーリの赤、ドレスの赤、そしてレッドカーペット。

「なあ、タイゾー、誰なんだこのオンナ?」

それは、次に彼らが発した言葉。
そして、泰造の答え。

「この娘はなあ、とある大財閥のお嬢様なのよ。腐るほど金があって、チャリみたいにフェラーリを乗り回して、いつも自家用ヘリを飛ばしてるのさ。」

い、いつもじゃないわ。
たまたまよ。

「すげえ!超超超超超超、金持ちかよ!女王様じゃん。」

「言ったろ、俺は約束を果たしたって。」

「ど、どこにいるんだよ。」

「気がつかないのかよ。ほら、ステージの下で小さくなって隠れてるいる子がいるだろ?」

た、タイゾー!
あ、あんた〜!

「あ、本当だ!ここにいるぞ!」

「俺も触らせろ!」

「おめえら、がっつくんじゃねえよ。」

そして、歌陽子の周りから手が何十本も伸びてきた。

身体が勝手に動いた。
そして、反射的に歌陽子は、ステージに登って難を逃れようとした。
だが、うまくステージに上がるための手掛かりがつかめずに、ジタバタした。
その歌陽子にステージの上から救いの手を差し伸べたのは、あの泰造だった。

なんなの、ここ!
どうして、こんなことするの?

怒りと怖さで混乱する歌陽子に、ニッと歯を見せた泰造であった。

(#22に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#20

(写真:天界の雑踏)

パーティ・ハイ

今はその場に行かなくても、住所さえ分かっていれば、そこがどんな場所かを知ることができる便利な時代である。
歌陽子(かよこ)も泰造から送られた住所をもとに、インターネットの地図を検索した。
目的の建物や、周囲の景観も写真で見て、決していかがわしい場所でないことは確認済みだった。
住所が指している場所は、歌陽子にとって、むしろ馴染みの深い高級レストラン。セキュリティもしっかりしていて、客層も選んでいる。一食10万以上と割高だが、評判を聞いて予約が引きも切らない。

予約たいへんじゃなかったのかな?

ひょっとして、コネを使って歌陽子に見合う場所を必死で確保してくれたのかも知れない。
そう思って泰造の熱意に答えなければならない気持ちにさせられたのも、歌陽子の足をここまで運ばせた理由の一つであった。

夜8時5分前、変身を完了した歌陽子は、彼女の真紅のフェラーリを待ち合わせ場所のレストランの前にとめた。
駐車場係と思しき制服の男性が急いで飛んでくる。
フェラーリの低い車体のドアを開け、歌陽子は車外に右足を下ろした。
エンジンをかけたまま、駐車場係に席を渡すと、歌陽子はレストランの店内に続くレッドカーペットを歩き始めた。
真紅のフェラーリをバックに、真っ赤なドレスに身を包み、絨毯を少し大股で進みながら、表情に自信を溢れさせた彼女は、まさに日登美泰造の手による合成写真から飛び出してきた女王だった。
こころなしか、絨毯の上で立ち話をしていたレストランの他の客も、彼女に遠慮して道を譲ったように思えた。

泰造は、どこだろう。
髪をかきあげる仕草をしながら、歌陽子は泰造を探した。

いいわ、案内の人に聞けば分かるもの。

だが、その声は思いもよらない方向から飛んできた。

「お〜い、メガネちゃん、そっちじゃなくてさあ。」

え〜、どこお?

声の方向を見てみると、泰造は歌陽子が車をとめた路上の真ん中に立って手を振っている。
しかも、前に会ったのと変わらないラフな格好で。変わったものと言えば、ティーシャツの絵柄が「freedom from life』から髑髏になったくらい。

「な・・・。」

歌陽子は思わず絶句した。

泰造さん、あなたはドレスコードと言う言葉を知らないの?

立ちすくむ歌陽子に泰造は、

「ごめん、そっちじゃなくて、向かい側の建物なんだよ。」

と言った。

えっ?向かい側って、あれ、倉庫じゃないの?

「早くこっちにおいでよ。」

泰造に促されて歌陽子は、渋々泰造の方に向かって歩き出した。
でも、背筋を伸ばして大股気味に、真っ赤なドレスが最高に似合うように堂々と。
どう?見てみなさい、泰造。これが私よ、と言わんばかりに。

泰造は手にした携帯を歌陽子に向けて、パチリと一枚。
そして、

「うわあ、すげえ。送った絵の通りじゃん。」

と、口笛まで吹いて一人ではしゃいでいる。
少し気持ちの醒めてしまった歌陽子。

「さ、女王様、エスコートしましょうか?」

「結構です!」

わざと泰造につっけんどんな言い方をしてどんどん倉庫のような建物に向かって歩きだした。
そして、その建物の重そうな扉の前に立って、ノブを下に押し下げた。
ギイと扉を手前に引いた途端、建物の中からは喧騒が飛び出してきた。

なんなの、ここ?これクラブ?

「さあ、何してんの。あんまり音が漏れると苦情がくるから、早く入った、入った。」

そう言って、扉を半開きのまま、たじろぎかけた歌陽子の背中を泰造がドンと押した。
つんのめるように中に入ったその中は、歌陽子にとっては初めての世界。
何十人の男女が手や足を振り回して踊り狂っている。
あかりを落とした店内にまばゆいレーザービームが縦横無尽に飛び交っていた。
鼓膜を破るような大音量の音楽と、それに合わせて何人かが、「ウオー」とか「ウワー」とか恐ろしげな奇声をあげている。
歌陽子は、昔見ながらついに目を開けられなかった怖いゾンビの映画を思いだした。

それに、なんてことなの!
こんな正装は私だけじゃないの。

クラブに集った男女は、泰造か、それ以上にラフな格好で、上半身裸なんて男もいる。

うっ。

思わず歌陽子はむせた。
苦手なタバコの煙を吸い込んだのだ。
その歌陽子をタバコをくゆらせた恐ろしげなメークの男がジロリと睨む。

すっかり縮み上がった歌陽子は肩をポンと叩かれて、

「ひっ。」

とひきつけたような声をだした。

それは、あの泰造だった。
そして、満面に笑みを浮かべてこう言った。

「メガネちゃん、俺たちのパーティにようこそ。」

(#21に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#19

(写真:空に書いた文字 その2)

レッドクイーン

佐山清美から離れた歌陽子(かよこ)は携帯を取り出して数カ所に電話をした。

「あ、すいません。私です。実はお願いがあって。そうです。いつも、ポルシェをとめているところ知ってますよね。それで、夕方までに、いつでもいいので、私のフェラーリに入れ替えておいて貰えませんか。・・・はい、赤い車です。
ポルシェの鍵は、スペアありますよね。
・・・えっ、フェラーリの鍵を会社に持って来なくていいですから。この間、静脈認証に変えたじゃありませんか。
・・・はい、よろしくお願いします。
あと、帰りは少し遅くなるかな。お父様がもし私より早く帰ってらしたら、仕事で遅くなると伝えてください。
・・・いいえ、聞かれたらでいいです。フェラーリのことも、あまり言わないようにしてくださいね。
よろしくお願いします。」

プッ。

次は、行きつけのブティック、と。

「あ、歌陽子です。いえいえ、とんでもない。あの写メした写真なんですけど、こんな感じでコーデできます?
・・・そうです。メガネも靴も一式揃えたいんですけど。
・・・それは、メークやヘアもお願いできれば助かります。でも、ドレスだけでもたいへんじゃないですか?・・・そんなあ、悪いです。・・・え、そうですか。じゃあ、お言葉に甘えさせてください。
はい。私のサイズは・・・。ですよね、分かっていますよね。
では、夕方6時に行きます。
はい、よろしくお願いします。」

プッ。

これでよしと。
待ってなさい。日登美泰造。

そして、歌陽子は泰造にメッセージを返した。

「本日20時指定された場所に伺います。」

さて、後は定時までひたすら待つのみ。
17時30の定時を告げるチャイムと一緒に、歌陽子はオフィスのドアへと急いだ。

うず高く積まれた書類の山を抜けようとした時、

「ちょっと待て。」

と後ろから襟首を掴まれた。

あちゃあ。
野田平である。

「おい、今日は他から頼まれていた機械の動作確認するんだ。少し付き合え。」

「え、今日は少し都合が悪くて。」

「まさか、おめえいっちょ前に男でもできたか。ははあ、今からデートでもするんだな。」

「ち、違います。」

向こうに前田町の後頭部がみえる。
「デート」と言う言葉がでた時に、心なしか少し反応した気がする。
もし、今から泰造に会いに行くとバレたら、決して許しては貰えないだろう。

「今日はお父様の用事です。」

「へえ、どんな?」

つくづく意地が悪い野田平。

「家族のことですから。」

「言えねえのかよ。」

「い、言えます。あの、お父様が、その痔が悪くなって。他の人だと恥ずかしいから、私が付き添うんです。」

なんて、恥ずかしい口から出まかせ。
もっと他の言い訳を思いつかなかったの?
バカな、私。
ごめんなさい、お父様。

「ガハハハハ。」

突然、向こう側から前田町のバカ笑いが響く。

「あの、東大寺のクソオヤジがか?はっはっは、いい気味だぜ。バチが当たったんだぜ。なあ、のでえら行かせてやんな。」

「だとよ、せいぜん親孝行しやがれ。」

そう言って、野田平は掴んだ襟首の手を離してくれた。

だが、前田町が身体を向うにむけたまま、顔だけをこちらに振り仰いで、

「自分のケジメは自分で取るんだぜ、嬢ちゃん。」

とだけ低い声で言った。
それに歌陽子は何も返せず、ただぺこりと頭を下げた。

もう、時間がない。
歌陽子は、会社から支給された紺色の制服のまま、フェラーリの待つ駐車場まで駆けた。
果たして、そこに彼女の真っ赤なフェラーリが、沈みかけた夕日に映えて輝きを放っていた。
ドアに手をかざすと、車は彼女の静脈を読み取って開錠した。運転席に腰を下ろし、シートベルトを締めて、また手をかざしてエンジンをスタートさせる。
そして、低い爆音を響かせながら、磨き抜かれた赤いフェラーリは発進した。

地を這うように、フェラーリは夕方の街を進んで行った。ドライバーは、一般事務員の服装をしたまだあどけなさの残る若い女性。車内をを覗きこむ人間がらいたら、その不釣り合いさに肝を潰すに違いない。
そして、帰宅ラッシュの始まる直前、20分走って、フェラーリは一軒の高級ブティックの前に到着した。

新米の店員が、

「わあ、すごい車がきたよ。」

と、窓越しにキャアキャア言っている。
だが、そこから姿を現したのは、紺色の制服に身を包んだ地味で小柄な女性だった。
あまりに車とドライバーのギャップにびっくりして棒のように立ち尽くしている店員の横を歌陽子は息を切らして通り過ぎた。

その歌陽子に気づいた店のオーナーは、深々と頭を下げて、

「いらっしゃいませ。歌陽子お嬢様。全て用意をさせていただいております。」

と告げた。

「ありがとうございます。」

すこし上気した顔の歌陽子は、息を弾ませて答えて、そしてそのまま試着室に姿を消した。

「あの、歌陽子お嬢様って?」

キツネにつままれたような新人店員は近くの先輩をつかまえて聞いた。

「馬鹿ねえ。一番の上得意先様の顔くらい覚えておきなさい。」

やがて、たっぷり1時間が経った時、奥から歌陽子が姿を現した。

真っ赤なドレス。軽やかなショール、フワフワと足にまとわりつく柔らかなスカートに、そこから伸びたスラリとした足。そして、その足元を彩る真っ赤なハイヒール。
頰のチークと真紅の口紅、そしてくっきりしたアイラインが歌陽子の満ち溢れる自信を演出していた。
新人店員は、また言葉を失って棒のように立ち尽くしていた。

これが、本当にさっきの女の子なの?

「女王様みたい。真っ赤な、そうレッドクイーンだわ。」

(#20に続く)

成長とは、考え方×情熱×能力#18

(写真:空に書いた文字 その1)

清美の気持ち

「実は、これなんです。」

歌陽子(かよこ)は胸ポケットから小さく折り畳まれた画像のプリントアウトを取り出すと、佐山清美に開いて見せた。

「うわっ!なにこれ、写真?あんたいつもプライベートではこんなんなってんの?」

「違います。合成ですよ。」

清美は、歌陽子の広げた画像を手に取ると、しげしげと眺めた。

「ほんとだあ。でも、これよく出来てる。まるで高級外車のプロモ写真じゃん。でもモデルにあんたの顔だけはめただけじゃ、こうまで馴染まないわよね。」

「そうなんです。後ろの高級車や、服装を除けばほとんど私自身です。一瞬自撮りかと思いました。多分ですけど、前その男性の自宅に訪問した時に、こっそり何枚も写真を撮られていたみたいで。」

「そう、さすがCGの専門家ね。いい仕事するわ。・・・って、あんた、こいつの家まで行ってんの?結構大胆ね。」

「違いますって。前田町さんも一緒でした。」

「なんだ、番犬も一緒か。つまんない。でも・・・。」

画像を歌陽子の顔を並べて見比べながら、

「服装とメークでこんなに変わるんだったら、私も一枚作って貰おうかな。」

高級外車のプロモ写真、そう佐山清美が表現した画像には、町の夜景の中真っ赤なコルベットが描かれていた。そのコルベットをバックにさっそうと歩いて来るのが歌陽子だ。
肩を出した真っ赤なドレスを身にまとい、ウェストラインは大きなリボンでキュッと絞っている。スカートは膝上10センチで、そこから形の良い脚がスラリと伸びていた。歌陽子が歩くのに合わせて、肩にかけた薄いショールとスカートが軽やかに夜風に舞う。
幼い印象を与えるトレードマークの丸メガネは、細い黒縁メガネに変わっていた。頰のチークと艶めく口紅、そして「どう?」と言わんばかりの自信に満ちた歌陽子の表情。

「この写真、まるで本物の女王だよね。Queen's Nightって、そのままじゃん。」

感心したように画像を眺めていた清美が、歌陽子の方を見ながら言った。

「そうだわ、これがあんたの真の姿よ。東大寺一族の令嬢はこうであるべきよ。」

そして、歌陽子の背中をバンと叩いた。

「もっとしゃんとしなさい!」

「痛ったあい。」

「痛くない!あんたは、ホントは世の中の全ての男を支配できるんだよ。あんたの美貌とお金に全員跪かせられるの。」

そう言って、清美はパンプスを脱ぎ捨てると、洗面台の上によじ登り、拳を固めて声を張り上げた。

「男どもの馬鹿野郎。あんたら、女の社会人口が少ないからって舐めてるんじゃないわよ。オヤジはドイツもコイツもパソコン一つ、ろくに使えねえくせして、私らにああしろ、こうしろ言い過ぎなんだよ。だいたい、てめえらに計画性がないから、いつも突貫仕事やらされて残業をしなきゃならないんじゃないか。バカヤロー。」

「ちょっと清美さん、ダメですって。誰か来ます。」

「さ、カヨちゃん、あんたも上がんな。」

そう言って、佐山清美は歌陽子の腕を強く引っ張って一緒に洗面台の上にあげようとした。

「ちょっと、清美さん、やめて。痛い!」

「何言ってんの。あんたは、現代のジャンヌダルクなんだよ。不当な男共の支配から私たち女子を解放するんだから。」

「もう!清美さん、怒りますよ!」

ついに、歌陽子も耐えかねて、無理やり清美の手から腕を引っこ抜いた。
その勢いで清美は前につんのめり、洗面台の上に膝をついて座った。

「痛ったあ。」

洗面台の上から清美が言う。

「ご、ごめんなさい。つい・・・。」

「いいって。それより、その写真の通りに自分を飾りなさいよ。そうよ、誰もあんたに手なんか出せないわ。なぜなら、あんたは正真正銘の女王なんだから。」

その時、歌陽子はもう半分気持ちを固めていた。
本当に女王を貫けるか心配だけれど、泰造なんかに負けるものか。
そう、私は東大寺歌陽子なんだから。

(#19に続く)